2025年7月9日、富士山登山における古のルート「村山古道」の西臼塚駐車場から富士山表口六合目の区間を歩いてきました。最高地点は表口六合目にある雲海荘(約2,490m地点)となります。
世界文化遺産に登録されている富士山は夏になれば多くの登山客であふれかえる日本一の山。オーバーツーリズムから入山料や入場ゲートの設定などが近年は進んでいます。多くの人が訪れる山ですが、富士山は登って面白い山なのか、それとも見て楽しむ山なのか、という話は登山をたしなんでいる人であれば一度は聞いたことがある話題ではないでしょうか?
富士山関連の書籍は非常に数はありますが、その中には富士山は森林限界より下が面白いという話もあります。
つまり村山古道を含め、富士山を麓や歴史的な遺構などから捉えて歩くこと。
そういう見方で歩いてみると、楽しい場所が非常に多く、歩いて楽しい山になるに決まっているじゃないかとRedsugarは思います。
中世より続く信仰の道「村山古道」は、現代的な効率重視の富士山登山コースにはない光景が連続する、異界としての山を歩く雰囲気がとても強いルートです。
そんな山中他界、富士山腹に広がる異世界を歩くハイキングの記録です。
村山古道(西臼塚→富士宮新六合目→水ヶ塚→西臼塚)ハイキングの概要
西臼塚駐車場より村山古道へ



2025年7月9日午前5時35分、西臼塚駐車場。
おはようございます、Redsugarでございます。富士山の麓を走っているときに、目の前に現れる巨大すぎる三角形にはいつも心驚かされます。本日は富士山に登る……のではなく、古の富士山登山道「村山古道」を歩きにやってきました。富士山関連の書籍を見ていると、その多くが富士山の魅力は森林限界よりも下にあると語っているのが目につきます。確かに、富士山は日本の文化史の中で外すことはできない自然景観であり、人々の営みの影響が山麓部にあるのは間違いないのです。
そんなわけで、深夜の中央道を走って西臼塚駐車場へとやってきました。村山古道は村山浅間神社から伸びているのですが、下から歩いたら日帰りできるか怪しいこともあり、西臼塚駐車場から表口六合目までの区間を今回は歩きます。
redsugar平安時代に富士山に登頂したといわれる末代上人の後に成立した村山修験、その行者たちによって歩かれたといわれる村山古道を登ります。近代以降切り開かれたそれぞれのコースと比較すると、富士山特有の深い森が魅力的なんだとか?


村山古道の中でも森の個性が際立っているのは西臼塚駐車場付近から岩屋不動に至るまでの標高1,000m~1,800m付近かなぁと、事前の記録を調べる中で目星をつけていました。苔に覆われた静かな森を楽しみたかったので、結果としてこの選択は大正解。



西臼塚駐車場はガラガラなんだけど、走り屋か何かの若者が車を弄っていた。朝6時前だというのにボンネットを開けて作業をしている。富士山は……変な人も多い場所な気がする。


西臼塚駐車場から村山古道の入口までは車道を歩くことになりますが、車道の両側に広がる森には、既に富士山の個性があふれ出ている。



富士山を深夜発で登った時はこういう景色全く見なかった……。というか標高1,200m付近にこんな苔の森が広がるなんて、すごいな。


昨晩の雨で濡れたアスファルトの地面に太陽の光が注ぎ込みます。空気に満ち溢れた水蒸気が神々しい光のラインを投げかけてくる。



うぉぉ……、登山開始タイミングから神々しい。富士山ってやっぱりいいな……!






午前6時5分、村山古道入口。
やっぱり登山するなら夜明けと同時か夜明け前からだよなぁ、と光芒を眺めながら思う。さて、村山古道ですが写真二枚目のような控えめな案内板を手掛かりに道へと入ることになります。入口の手前には朽ちた神明式鳥居(すごく簡素だけど)があり、森に少し入るとひっそりと社が佇んでいました。


森に入ってみると苔に驚かされます。そこかしこにある倒木は緑の苔に覆われて、まるで森全体が巨大な緑の生き物に包まれているようです。



私の足と地面の間に、苔の膜があるような、そんな空間がどこまでも続く。


苔といえば奥秩父や北八ヶ岳といったところも有名ですが……、富士山はどちらにも似ていません。村山古道に入った瞬間から、森を構成する木々や苔が百鬼夜行を営む何者かに思えてくるほどです。



視界の端に浮かぶ木々の描くラインにハッとして目を向けると、それはただの木。でも視界の端にあったとき、何かの生き物じゃないかという恐怖と驚きの針が心を刺した。


足元に目を向けると無数の苔玉が複雑な模様を描きます。まるで地面の底からブクブクと音を立てて地表から空へ湧き上がる泡のような苔玉が地面を埋め尽くしている。



これは……石に苔がまとわりついているのだろうか?触ってみても中にあるのが木なのか苔なのか、わからないほど分厚い。


西臼塚駐車場を出発し、村山古道に入ってすぐに表れた苔の森の景色に圧倒されてしまいました。
この景色を見るだけでも、村山古道にきた甲斐があるというものです。



いや、この森を歩く価値は……ありますね。


早朝に来たのもいい判断だったと思います。夜明けと同時に歩かないと帰ってこれないので必然的にそうなったのですが、夜から目覚めようとしている森の空気、斜めから差し込む光の帯、どれをとっても特別な景色と思えます。


7月上旬ですが、木々はまだ青々としています。昆虫たちも夜露を乾かすためにジッとしている早朝。
そこかしこにある主を失った小さな蜘蛛の巣が光を反射して、きらりと輝く。


富士山の森の樹木は異形のものが多く、何かの思念がその育成に影響したのではと錯覚するようなものが次々と現れます。火山性の土壌の問題、独立峰ゆえの風、海からやってくる水を含んだ空気といろいろな条件があるのだろうと想像できる現代の私たちは、神秘性に基づいて景色を受け止めることが、昔の人ほど純粋ではないのだろうなと思う。
(そういうこと言うとスピってるとか言われるしね……)
ただ、過去の人々の目線を考えたとき、ここはまさしく山中他界という言葉にふさわしい、魑魅魍魎が形となった自然が広がる場所に映ったことだろう、という想像ができる景色が広がっています。
一応標高2,000mを超えても木場道や切り株があるので、完全な原生林はないということですが……、それでもこの景色。



蛇や竜みたいな木々から、たぬきかうさぎか哺乳類の何かみたいな倒木がすごい多い。


歪にねじ曲がった木々と苔が織りなす異形の森は、高鉢駐車場分岐看板くらいまで続くことになります。最初のこの区間がとにかく衝撃的でした。歩くならここだ、ここだよ。


苔に近づいてみれば、空気中の水分を捕まえようとしているように手を伸ばしているよう。苔に覆われ森の中を通る道の左右には、奥深い森が広がっているのでした……。
亜高山帯を超えて森林限界の富士山表口六合目へ




午前7時40分、高鉢分岐。
西臼塚から高鉢分岐付近までは本当に雰囲気の良い森が続いています。よく考えると、標高1,200m付近から苔があそこまで発達した山というのはなかなか……無いような。北八ヶ岳とも奥秩父とも異なる、異界たる景色の中を歩くことができました。



小学高学年だったりを連れて歩けば、ダンジョンみたいと盛り上がったかもしれないなぁ。


高鉢駐車場分岐からは木々の様相が亜高山帯のような雰囲気になっていきます。足元の苔と草の勢いは変わらないけど、木々の種類が変わってくる。






午前8時10分、岩屋不動。
村山古道のメインルートを追っていくと、岩屋不動という案内が現れます。現在でも行者の方々が木札を収めているようで、写真三枚目の地点にはその痕跡が残されていました。
岩屋不動までは片道10分くらいになりますが、ふみ跡が薄く道が一部急なので、無理していかなくてもOK。
それまで歩いていた優しい雰囲気の森が一変し、溶岩流によって作られた岩の川が持つ独特の空気を感じたければ頑張ろう。


巨大な岩が裂けてできた隙間に規則正しくおかれた木札。古いものは内容が消え去ってしまって読めません。
令和7年7月吉日に奉納されたという札……めちゃくちゃ新品だ。7月6日(日曜日)が大安だったので、その日に収められたのでしょうかね。


岩屋不動から視線を下におろすと、溶岩流が作り上げた岩の川が森の奥へと消えていきます。見ているだけで息が詰まる圧迫感がある景色です。ヒンヤリとした空気があたりを満たしていることもあり、早々に撤退。




メインルートに戻る道中、広い踊り場にはいくつかの石仏が。ちょっと丸っこいけど不動明王、それと、首が取れてしまっているけど地蔵菩薩のようです。



金剛不動明王と書かれていますが、本体は丸っこくてちょっとかわいい……。






岩屋不動は標高1,900m付近にあります。それより上は2,000m台になるのですが、森がシラビソを中心とする亜高山帯林となるのが特徴です。苔も見かけることは少なくなり、南アルプスの高所を歩いているような雰囲気が出てきます。


立ち枯れした木々が目立ちます。いくつかは人間の手で切り倒されたようですね。
標高2,000m付近ともなれば台風が来ればかなりの風が吹くことでしょう、そういったものの影響で木が傷んでしまったりするんだろうなぁ。



1996年の台風17号によって標高1,800m~2,000m付近には大倒木帯が形成されたそうです。森林管理署によれば、この部分は自然更新に任せるという方針らしい。つまり準原生林という森が広がっているそうな。






木漏れ日が気持ちよいシラビソの森には涼しい風が流れます。7月初旬といえば下界は湿度が高い梅雨真っただ中。しかし、標高が高い富士山六合目付近は気温も低くカラリとした空気が漂い非常に居心地が良いのです。
そんな森を登っていくとついに森林限界へ、村山古道は富士山表口コースに合流する形となり、雲海荘の近くに到着しました。



ここまでだれ一人と会うことがなかった村山古道ですが、雲海荘付近では多数の往来がありました。山開き前だとしても雲海荘周辺を歩く人々はたくさんいるんですね。
富士山表口六合目より高鉢駐車場を目指す






午前9時50分、雲海荘。
雲海荘にやってくると小屋番の方々が山開きに備えて淡々と準備をしている姿が目に入ります。宝永山を歩く人々はそれなりにいるようで飲料水の品ぞろえは最盛期と変わらず。雲海荘で冷えたコーラを購入し、西臼塚へ戻るためのパワーを充填。



富士宮ルートは閉鎖中で、道はゲートで閉じられています。


雲海荘からは高鉢駐車場を経由して西臼塚に戻る工程ですが、せっかくだから宝永山方面に足を延ばしてみることにしました。ルート的には宝永山の下にある御殿庭下まで行けば、高鉢駐車場方面の分岐に合流できます。


ガスが昇ってくる富士山の山肌は、樹林帯とは違った異界の雰囲気があります。樹海が地獄めぐりで、森林限界を浄土と見立てたという話がありますが、考えてみればどちらも彼岸の世界。



村山古道を復活させた畠堀操八さんの論文を拝見したところ、村山古道の森林限界は1世紀で100mほど上昇している可能性が高いとのこと。つまり、村山修験の人たちが歩いていたころは、森林限界はもっと低い場所にあったのだとか。


宝永第二火口縁からは水ヶ塚を目指して下山する形で進みます。この辺からは指導標がたくさん出てきて、登山をある程度嗜んでいる人なら迷うことは少ないんじゃないかと思える。


宝永火口の対面を見てみると、水が流れた後のような崩落と、斑点状に広がる草地のコロニーが地面に模様を作っているのが見えます。


こちらは宝永山の山頂部を見上げた光景。富士山本体もいいけど、この宝永山の姿はどこか神秘的なものがあります。きめ細やかな砂地が空から降ってきたように、宝永山は下から見上げると本当に美しい三角形をしている。


第一火口縁を歩いて宝永山を目指す方々が遠くに見えます。
富士山の面白いところとして、景色が大きく人と風景の対比感覚が普段のものとは別のものに置き換わるというものがあります。日中に上ると、いつまでたっても山頂につかないのに山頂はずって見えてるんだよなぁ……とかそういう類の景色です。




午前10時50分、御殿庭上。
第二火口から第三火口を経由して御殿庭上にやってきました。ここからは二合五勺にある御殿庭下を目指して歩きます。



この辺は樹林帯と森林限界のはざま。栄養が少ない土壌と強風の影響からか、木々のサイズは小さい。






水ヶ塚まで続くこの道はよく整備されていて非常に歩きやすいです。快適に飛ばして歩いていると、村山修験の行場遺構と書かれた柱が現れました。傍らに育っている松によって見づらくなってはいますが、積み上げられた石の上に木札が収められています。



一時継承が途絶えたとはいえ、今でも富士山に登拝する方々はしっかりと残っているようです。修験として山を歩くことで、自然景観の捉え方、その語彙みたいなものが都市で生活し自然を対象化している人々とは変わる、そんなことはあるのだろうか。


修験遺構からは亜高山帯の森を下り、再び苔の森へと戻っていきます。富士山は倒木が面白いのですが、それがまたたくさん見れるのかと思うと後半戦も胸が躍る。


午前11時35分、御殿庭下。
コースタイム通りに御殿庭下へやってきました。ここから水ヶ塚に向けて須山口登山歩道を歩くこともできますが、それはまた次回に……。ガラン沢を目指して西へと進みます。




御殿庭下からガラン沢に向かう道中はシラビソとコケに圧倒された森を歩くことになりますが、村山古道とは全く雰囲気が違って驚きます。苔の深さや青々しい色味では村山古道のほうが美しかったと思う。


折れたり、倒れたりした木々がそのまま自然に還ろうと朽ちていく様が足元のいたるところに広がる富士山中腹。
森の向こう側には生き物を錯覚させる線が交錯します。その中では天然であろう岩も、形によっては石碑のように受け取れてしまう……。



線と点の集まりに私たちは「意味」がある「文字」を認識します。パウル・クレーの絵画も子供の落書きのようだけど、そこに「天使」や「顔」が「認識できてしまう」不思議があります。実景の中から記号を汲み上げて認識するという仕組みは認知考古学でも扱われますが、修験道で岩から不動明王を湧出させたとか、そういう伝説は認知の話をしていたのかもしれませんね。
西臼塚への下山、マイナーな道を歩く






午後12時15分、ガラン沢。
ガラン沢からは高鉢駐車場にむけて、山腹を並行に歩くような状況になります。
森を構成するのはシラビソの木々が主体で、強風の影響か根こそぎ倒されてしまった木々が目立つ。
道は明瞭ですが、終わりがない道が延々続くので不安に思う人もいるかもしれない。



この倒木帯も、96年の台風によるものなのか?




ガラン沢という名前の通り、沢筋のような地形も現れます。ただ、水が流れているような雰囲気がない……、水無川だ。雪解けや雨の後に水が現れるのかな?山の上へと続く苔の沢を眺めていると、向こうに何かあるんじゃないかと思えてくる。



富士山中の森は引き込まれそうな魅力がありますね……。




村山古道でも苔に覆われた木々を見ましたが、巨木が緑色に覆われていると神秘的に思えます。
転がっている石の形に合わせてこんもりと発達した苔の塊は、何か別のものに見える……。




村山古道の分岐を超えて西へ。少しだけ水の気配が残る沢筋も現れます。富士山は八百八沢(はっぴゃくやさわ)といわれるほどたくさんの沢があれど、そのどれもが「水無川」といわれており、これもその一つになるかと。



富士山の土壌はスコリアと呼ばれるたくさんの穴が開いた火山噴出物でおおわれているから、水が地中にしみこんでしまうっていう話ですね。


穴が開いている!?と思ってよく見てみると……、真っ黒い岩石でした。苔が円形に岩を覆い、岩が光を吸い込むように黒いことで見間違えてしまいました。



実際に現場で出会うとびっくりします、見れば見るほど薄気味悪くなるし。世界で最も黒い物質「ベンタブラック」かよと。


高鉢駐車場が近づいてくるにつれて、巨大な望遠レンズを抱えて森の中を歩く人とすれ違うようになりました。どうやら高鉢駐車場付近は野鳥撮影の方々が多い場所のようです。
駐車場から森までが西臼塚よりもはるかに近いし、登る場所も少ないから撮影にはいいのでしょう。






午後1時35分、高鉢駐車場。
ガラン沢の案内板からほぼ横に移動し続けた道のりでした。高鉢駐車場はそんなに広くない駐車場ですが、トイレはあります。穴場な場所という雰囲気があり、車中泊装備の人や、野鳥観察ガチ勢といった方々しかいませんでした。
高鉢駐車場からは二合目林道を目指して下山しますが、この道は本当にマイナーなんじゃないだろうか……。
道に入ると早速、ねじれるような姿の巨大な倒木がそのままになっていたり。



歩いている人を一人も見ることがありませんでした。踏み後もこれまでと比べると……薄い!


海からの湿った風が雲を作り上げるのか、二合目林道の手前あたりで雲に包まれました。木々が苔でおおわれているのは、こういった雲(水蒸気)が盛んだからなのかな?


二合目林道に合流する地点ですが、どこに現役の林道があるのだろうと不安になる景色です。登山道はまっすぐ前に伸びていますが、この辺はちょっと不安になるかもしれない。


コメツガの林の中を歩いているんだと思うのですが、木々の表面を覆うようにモサモサとした苔が。ところどころアフロのカツラを取り付けたようになっている。


西臼塚に近い二合目林道付近ですが、細いコメツガが林立した森が続きますが……幹が苔でおおわれている木々が多く、ほかの山で見た覚えがない景色が広がっています。



海外の作家の写真集で似たような景色を見たことはあるけど……、日本にもこういう場所があるんだなぁ。




二合目林道合流地点からさらに下ると、西臼塚周辺の遊歩道と合流します。ただ……この辺は道が入り組んでおり、通れない道と通れる道が複雑に絡み合っているので注意が必要かなと思います。
昭文社の地図では、「富士山ふれあいの森林」としてオリエンテーリングコースが設定されているものの、非常に複雑かつ分岐標識に乏しいという指摘があります。



途中まではうまく進んだんだけど、僕も罠にはまって西臼塚への出口じゃない方向に進んでしまいました……。


西臼塚周辺は「富士山ふれあいの森林」として整備されるだけはあり、森の美しさは村山古道的です。ガスがかかってきた中で見る巨大な倒木なども、神秘的な雰囲気がありました。






午後3時5分、西臼塚入口。
結局、PICA表富士近くの車道に出てきました。幾つもの遊歩道が入り乱れていて、西臼塚周辺は結構歩きにくい……道が生きているのか死んでいるのか判断しにくい場所だなと思います。村山古道のほうが道は分かりやすかった。



午後3時の西臼塚駐車場ですが、入り口に数台の車中泊予定の方々がいる以外、ガラーーーーンとしています。夏休みになれば、ここも満車になるのだろうか?


西臼塚を出発したらまずは水ヶ塚へ。沸き立つ雲の向こうに富士山山頂が見えます……水ヶ塚公園って標高約1,450mの場所にあるのですが、富士山山頂はまるで別の山のように遠い。


下山の儀式ということでソフトクリームを購入。水ヶ塚公園のソフトクリームはちゃんとミルキー、千本松牧場などと同じような乳成分強めで非常においしい。






下山後は御胎内温泉健康センターへ。水ヶ塚周辺を起点に歩く場合はこちらの温浴施設を利用するのがお勧めではないかなと思います。なんて言ってもサウナが整っているのです……、そして水風呂も非常によく冷えています。
登山で汗を流したけど、さらにサウナを追加。その状態で入る水風呂は全身が毛羽立つような感覚を覚えます。



サウナでばっちり整えた、風呂/サウナ上がりの牛乳が身体にしみこむようだ……っ!!
というわけで、村山古道歩きは大満足のハイキングとなりました。
ピークを踏まない形の登山にはなりましたが、明け方さえ晴れていれば、後は曇っていても楽しめるからこのコースいいな……!と思えます。山開き前に富士山の五合目以下を歩くのは非常におすすめなのではないだろうか。
ちょいと歴史を下調べすると、悠久の過去に思いを巡らせて歩くことだってできる場所なのです。











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