2025年6月4日、埼玉県・山梨県・長野県の3県にまたがる日本百名山の一角「甲武信ヶ岳」を歩いてきました。
標高は2,475mとなりますが、そのお隣には埼玉県最高峰となる「三宝山(2,483m)」があり、今回はメインはそちらの三宝山になります。二つの山を歩くということで、源流コースから十文字峠コースをぐるりと回る形で歩く周回縦走登山です。
奥秩父は森が深く、稜線に至るまで木々に覆われている箇所が殆どとなります。眺望よりも、森が持つ非日常的な景観を楽しむ場所としては最高です。源流コースは「美しい自然と生命力が満ち溢れた景色」というフレーズを想起させる景色、水と苔や、地面を握りしめるように這い回る根と木々が作る異界のような森が面白い場所なのです。
今回は毛木平駐車場を起点として、日本一長い川である信濃川(長野県内では千曲川)の源流地点を目指して沢沿いの道を歩きます。山頂からは三宝山を目指して稜線部を歩き、かつて信州と武州を結ぶ交易路として、そして中山道と甲州街道の裏道として利用された十文字峠を歩きます。
一日で周回するのは中々大変なコースとなるため、トレーニングをしっかりと積んでから挑みたい道です。
甲武信ヶ岳三宝山周回登山の概要
毛木平から信濃川源流を目指して

2025年6月4日午前5時30分、甘楽PA。
おはようございます、Redsugarでございます。
梅雨時期の6月、関東は曇り空の下蒸し暑い時間が続く季節です。そんな中時折訪れる貴重な晴れ間で登りに行くにはどこがおすすめなのか、個人的には樹林が美しい山をお勧めしたい。
というわけで今回は新緑と苔が広がる樹林帯が美しい甲武信ヶ岳、そして埼玉県最高峰「三宝山」を目指したいと思います。森の美しさを考えると、信濃川源流と十文字峠方面がよいでしょう。
redsugar今回は甲武信ヶ岳というよりも三宝山を目指します。埼玉最高峰は甲武信ヶ岳よりも高い場所にあるということを皆さんはご存じでしたか?


上信越道を使い奥秩父をぐるりと回りこんで長野県は川上村から毛木平へ向かいます。埼玉県民であれば圏央道と関越道が近いからそこまで苦ではないはず。都民でも練馬とか埼玉の植民地みたいなエリアであれば関越が近いので、道の駅みとみを目指すよりは毛木平がおすすめです。
川上村は標高1,000m以上の高原地帯となり、高原キャベツや高原レタスといった野菜を栽培するための畑が盆地に広がっています。



湧き上がる雲を見ていると長野県側のほうが森の苔が濃いのは地理・気象的な関係があるのだろうなと思う。




午前7時35分、毛木平。
登山口である毛木平にやってくると車がたくさん……、というか到着が若干遅れました。毛木平までは一直線なはずですが、ナビに従って走った結果なんか変なところに一度案内されてしまった。



ナビに頼り切りはよくない。




急ぎ登山準備をしたら車を飛び出して登山道へ向かいます。毛木平から歩きはじめて千曲川源流部にかかる木橋を渡った先に、ひっそりと五里観音像と分岐の立札が現れます。元治元年子六月(西暦1864年)と刻まれており、160年近い昔に作られたもの。当時、関所があった秩父方面栃本までのあいだに六体あり、この観音は秩父側から数えて五番目の観音像ということになります。
十文字峠は信濃から三峰山へ向かう参拝の経路であり、立札には三峰山大権現としっかり書いてありますね。



逆に秩父方面からは善行寺参りの道になっていたんだとか。秩父には峠を介して長野、山梨、群馬の文化がそれぞれ流れ込んでいたそうです。


毛木平周辺からすでに樹林帯は苔に覆われており、異郷を歩いているという気持ちがわいてくる。その昔、歩いて旅をしていた人たちは垂直の景色の移り変わりを強く感じていたのだろうなぁ……。






毛木平からしばらくは車が走れるほどの幅を持った道が続きます。こんな山奥ですがカラマツの植林地帯があるのです。昔からカラマツの天然林自体はあったそうですが、明治期に育苗(いくびょう)に成功したことでカラマツ植樹が川上村の事業となったそうです。


登山道を進むと徐々に道は細くなり、植林地帯も時を経て山の景色として一体化しているようです。
千曲川源流域では60%が人工林であり、人が手を入れることによって森が維持されているんだとか(林野庁調べ)


源流コースを歩いていると岩肌に空いた巨大な穴に出会うことも……。関西の大峰山ではこういう穴に行者の修行の跡がありましたけど、そういう案内は見受けられない。穴の手前が不自然に黒くなっているけど、何かを焼いた後とかではなさそうだ。


6月という時期ですが、標高1,000m以上の地点ではちょうど新緑が美しいタイミングになっています。


かつて植林事業が盛んだったころに作られたであろうカラマツ林。ここまで奥深いところからの出荷はもう行われていないのか、林立した木々が眩暈を覚えるような景色を作っています。






甲武信ヶ岳の北側、信濃川源流と十文字峠双方に共通して言えるのは巨岩が面白いというところです。道端に苔を被った大きな岩がゴロンゴロンと転がっています。雨で表面を削られたのか、柔らかい曲線を描いている岩が多い。


標高が上がってくるとカバノキが現れ、森の雰囲気が少し変わってきます。


信濃川上部へさかのぼってゆくと、苔の布団をかぶったような倒木が静かに地面と一体化してゆく光景が広がります。、循環をわかりやすく感じることができる眺めが楽しい。




ナメ滝へと近づくと登山道は人一人が歩けるくらいの細さに。森も「あるがままに育ち朽ちる」という動きの結果出来たような、登山者に迫りくるような雰囲気に変わってきました。
信濃川源流、森の息吹を呼吸する




午前9時35分、ナメ滝。
最初のチェックポイントとなるナメ滝に到着。信濃川源流域に流れる清流がさわさわと音をたてて山を降りてゆくのですが、ここでは滑り台のような岩の斜面を流れる滝を見ることができます。


信濃川源流まであと1,8km。長野県では千曲川と呼ぶためか、案内板の表記は千曲川源流となっています。信濃川は新潟県域での名称で、長野県では千曲川。全長367㎞のうち153㎞が信濃川、残り214㎞が千曲川になります。
信濃の国(科野の国、諸説あるが科の木が生える山国、科の文字は急峻な地形を示す)から流れてくる川だから信濃川で、千曲川は千の数ほど曲がっているからという説と、高天原の神々の戦いで流れた血潮で出来た川だから「血隈川」という説があります。一般的には曲がっている方が説明に使われますね。



信濃川のほかにも場所によって名前が変わる河川はいくつかあります。阿賀野川(阿賀川)、紀の川(吉野川)、淀川(宇治川と瀬田川)、富士川(釜無川)、荘内川(土岐川)、熊野川(十津川)などなど。


登山道を進むと間伐された木々でしょうか、折り重なるように地面に倒れ、苔に覆われ複雑な凹凸が描かれた森が続く。


おや?と木肌に目をやると、傷跡にきくらげが生えていました。茸の中ではちょっと特別な存在感がありますよね、茸全般食べれないけどキクラゲは食べれるという人はいるのではないでしょうか?



かくいう私も、茸全般NGですがキクラゲは食べれます。


上流部へ登っていくと山のいたるところから清流が流れてきます。信濃川源流を構成するいくつもの小さな川、その一つ一つの源に眼差しを向けると、奥深い森が覆いかぶさるように立ちふさがります。


雨が降ったりすると、川が膨れていろいろなものが流されてしまうのだろう。そんな場所には、苔の服に覆われた黄緑色の地面が広がっている。






信濃川源流に近づくと、無数の苔玉が密集する森が現れます。富士山中腹を思わせるような、水の恵みを感じさせてくれる景色です。ここにはコダマがいてもおかしくないんじゃないかな?苔玉を構成する支流は急峻な斜面の上から流れてきており、信濃川源流に流れ込む小川それぞれにも表情があるのだということを思わされます。



一つとして同じような川がないのです。


源流地点を目指してさらに登っていきます。歩いていて感心するのは水量の豊富さです。川沿いのコースといえば早々に水は地面の下に姿を消したりするのですが、信濃川源流は甲武信ヶ岳上部に行くまでずーっと水が豊富。


標高2,400m台の甲武信ヶ岳に対して源流があるのは約2,160mというわけですが、上部でも水が多いためこうした橋が必要になります。


自然に倒れたであろう木々が川の上に折り重なる源流部。幹の細いシラビソの木々が増えてきたということは標高はかなり上がってきたということでしょう。




午前11時00分、信濃川源流。
毛木平を出発して二時間半で信濃川源流へと到着しました。休憩にはちょうどいい場所になりますが……源流の水はほぼ枯れているというか、飲み水は出ていませんでした。ここで飲む水を楽しみにしていたのですが、残念。



ザックに積んであるさいたま市のおいしい水道水を飲んでのどを潤すかぁ……。


信濃川源流部を過ぎればシラビソの木が視界を埋め尽くす特異な樹林帯を登り山頂を目指すことになります。日本では山の上でしか見ることができないちょっと変わった、圧迫感のある森の景色です。



登山道がないころ、この森を抜けるのは怖かったろうな……。上を見ても横を見ても、トリックアートのように遠近感がない、錯覚のような景色が広がっているのです。






木々の幹の間から空が見えない密度の森は息が詰まります。稜線に至るまでの急登、森を抜けようと無意識のうちに速度が上がり、呼吸が早くなってしまう。胸を打ち鳴らす鼓動に耐えて森を抜けると深緑の山々の奥に見える富士山が登山者の目を楽しませてくれます。






甲武信ヶ岳山頂は木々がなく開けており、特に八ヶ岳をはっきりと見渡すことができます。山々を雲が這う山梨県側に目を向けると……深い樹林が続く先に富士山、南アルプスの稜線が少しだけ見えますね。
埼玉県最高峰、三宝山の頂に立つ


午前11時50分、甲武信ヶ岳。
本日の最初のピークである甲武信ヶ岳に到着しました。直上に雲が広がっていますが、太陽の日差しも青空もちゃんとあるので天候は「晴れ」です。快晴よりもちょっと雲があるほうが景色は楽しいなと最近思います。



むしろ写真を撮影していると、快晴よりも曇り時々晴れくらいのほうがいいかもしれないと思う。


山頂では数人の登山客が昼食を楽しんでいましたが、金峰山瑞牆山方面を眺めながら食事をする方が多かった印象です。この稜線を歩くのも、楽しいだろうなぁ……。


山頂から三宝山方面に目を向けると、金峰山の五丈岩に勝るとも劣らない巨大な磐座が目に入ります。三宝岩と呼ばれる岩の重なりで、遠巻きに見ても特異な雰囲気があるとしか思えない場所です。



江戸時代、三宝山と木賊山と甲武信ヶ岳は一つの山と認識されており、その名前を三方山または国師岳としていたそうです。明治の陸軍陸地測量部の地図作成において最も高度のある峰に敬意を表して三宝山という名前と一等三角点を置き、残りの二つに甲武信ヶ岳、木賊山という名前を置いたのだとか。






奥秩父は東京都に近い割には日本アルプスと同じく探検の時代があり、初期には小暮理太郎や田部重治といった人々の名前が上がります。1930年に山と渓谷を出版した田部重治ですが、現在も続く山岳誌「山と渓谷」にその名前は受け継がれています。(名前を貸したという話、山と渓谷創設のお話に出てきます)
話がそれましたが、甲武信ヶ岳からは三宝山へ稜線をたどっていきます。三宝山のほうが標高が高いんで……まだ上ります。



小暮理太郎の東京から見える山々の図とかは味わいがあって面白いです。あと二人の後に宮本常一的な視点で奥秩父を隅々まで調査したのが原全教で、その仕事は「奥秩父」「奥秩父正・続」という書籍にまとめられています。図書館で借りましたが……旧字体だからめちゃくちゃ読みづらい、面白いけど。特にダムができる前の地形図がすごい面白いのよ。


三宝山方面に進むと甲武信ヶ岳と富士山がきれいに重なるポイントが現れます。甲武信ヶ岳と富士山が合体すると……なんか頭だけ富士山で不自然極まりない。






午後12時30分、三宝山。
埼玉県最高峰、三宝山に到着しました……!甲武信ヶ岳よりも標高が若干高い2,483mの山となりますが、百名山ではないということで人の気配はほとんどありません。たまたま山頂で休憩をしていた方々に話を聞くと
「私たち東京から来たんだけど、ここが埼玉県で一番高いところだって聞いてびっくり!」と楽しそうに話していました。これはネイティブ埼玉県民が聞いたらイラっとしそう、アウトオブ眼中かぁ……と思いながら三角点に手を添えました。



あと100年くらいは荒川の関所で交通手形が必要って言われるんじゃないか。


三宝山周辺の景色は甲武信ヶ岳よりも怪奇的です。爪楊枝のように細いシラビソの木々が、針の山を構成するように目の前を埋め尽くしているのです。登山道ができる前とか、どうやってこの中を歩いていたんだろう……方向感覚を失わせてくる眺めが続く。


今でこそ立派な道があるから迷わないものの、もこもことした苔に覆われた朽木が積み重なり歩くこともままならない地面が続く山中は下界とは全く違う世界に思える。カモシカや鹿がいるのかすらわからない程に木々が身を寄せ合う森、真正面を見据えても空が見えることはない。確かに異界だよなーと思う。


樹皮が失われ、幹があらわとなった倒木に手を添えてみるとじんわりと温かい。陽光に与えられた熱が内側まで蓄えられているかのようです。



先に挙げた田部重治ですが、ウィリアム・ワーズワースの日本語訳などを担当していたそうです。風景写真を撮影するなら必読であろう風景画論(ケネス・クラーク著書)を見ていても、ワーズワース的精神というのは何度も語られます。観照の態度は自然に対する人間の態度でもありますが、その後の西洋アルピニズムや社会の発展的には上下の関係が根付いてしまったように思えるなぁ……。だからニュートポグラフィーが生まれたんだろうけど。


登山道整備のために切り出された木々が横たわっていましたが、ブードゥーの人形みたいになってる……。


今回のコースですが……三宝山から先が長いのです。十文字峠から甲武信ヶ岳に至るまではいくつかのピークを越えることとなり、全然下り基調な感じはありません。道中には倒木が多く、一瞬巨大なナナフシのお化けかと空目するような眺めが続きます。



これは天気が悪かったら怖いべ~。




午後1時25分、尻岩。
尻岩です……、割れ目が特徴だからってこんな名前つけられた岩がかわいそうだ。と思いながら目を向けるともう尻にしか見えない、クレヨンしんちゃんのケツだけ星人に見えてくるほど見事な造形です。
いや、稜線部にこれほどの見事な巨岩があること、それがこの道中続くというのが素晴らしいのですが、名前のインパクトが……。



安達太良山の乳首山のような直球。


尻岩を過ぎた先は武信白岩山を目指して「登って、降って」を繰り返します。この道の特徴は思いのほか岩が多いことです。毛木平周辺にも岩はたくさんありましたが、稜線上にも巨大な岩がゴロゴロと転がっているのです。




シラビソではなくコメツガと思われる木々の根が角の削れた岩の上をうねうねと彷徨う様に脈を伸ばします。奥秩父の稜線地帯にありながら、視界に入る複雑なカーブの重なりが南国の山のような有機的な森を印象付けてくる。



なんか道が伸びているな?と思って少し登山道をそれてみると、2288m地点の境界見出標と石柱がありました。こんなところまで石材をもって登ってきた人がいると考えるとすごいな……。


2,288mピークのすぐそばに武信白岩山がありますが、登山道はそのピークではなく直下を通っています。武信白岩山は南アルプスのオベリスクのような岩山で、その山頂に上るためには岩登りが必要になるのです。



写真の道を登り切った先に、トラロープが張られた取り付きが現れます。落ちると確実に死ねる岩山なので、自信がない人は入らないでね?ということでロープで閉じられているんです。






先行して歩いていた親子連れのお子さん(高校生くらい)が武信白岩山にさっと登って降りてきたというのを聞いて、若いってすごいなぁ……と感心したものです。武信白岩山から少し先に進むと、その山頂を眺める場所が現れるのですが……すごい岩山の上に石柱が建てられていて驚きます。



あれ登るってアルパインの人とかじゃないの……?
シャクナゲの十文字峠へ降り立つ


三宝山から十文字峠までは前述のとおりひたすら上り下りが繰り返されます。広いわけではない尾根道を歩くため、頭上は明るいという道なのが救い。


眼下の森から雲が駆け上がり、頭上から木々の合間からは陽光降り注ぐ。その結果、複雑な影が景色に浮かび上がります。標高が高くても苔が多いというのは、こういった雲がもたらす水分による影響が大きいのでしょう。






十文字小屋を目前にして、稜線のところどころにシャクナゲの花や見晴らし台が現れます。川上村方面を見ると、地面を覆う白い膜が光を強く反射している。川上村のレタス生産量は日本一で、全国最大のレタス産地となっています。



あのソーラーシステムみたいな場所から85,000トン以上のレタスが収穫されてるんだよ。


六月頭の十文字峠ですが、小屋に近づくほどシャクナゲの花が増えてきます。見晴らしのいい場所も小屋に近い場所のほうが多いかな。


ところどころにある展望台からは、三宝山の柔らかい円弧を描く姿を眺めることができます。


岩に纏わりつくような木の根が、自然の階段を作る道が続く。






小屋の周辺はシャクナゲの花が多く、ピンク色の花が各所で咲き乱れる賑やかな登山道が続きます。






午後3時15分、十文字小屋。
山中にある大きな平地に作られた十文字小屋。周りにはシャクナゲのお花畑が作られていますが、これは先代の小屋番の方々が植えたもので、今日のシャクナゲの山小屋「十文字小屋」の所以となっています。
ようやく小屋についたと思って近づいてみると聞いたことのある声がする……「~~ありがちょ!」というラジオから流れる声。間違いない、埼玉県民なら誰しもが聞くであろうFM79.5〈NACK5〉。
午後といえばゴゴモンズ、いまのは横田さんの「ありがとう」だ!
小屋の中からかすかに聞こえるラジオの声を頼りに番組を推察する、「ナックファイヴコンサートインフォメィション!」のCMでNACK5が流れていることが確定します。



十文字峠でNACK5聞けるんですね!!



お兄さんも聞いてるの?ここ埼玉県内だからね、秩父市内だから。埼玉県民ならNACK5聞かないとね。俺生粋の浦和民だからさ!ガハハッ!
2025年に出会った十文字小屋の小屋番さんは浦和駅前育ちのシティミドルということで、埼玉県浦和トークが盛り上がりました、十文字峠は埼玉。






故郷のAIR-G(北海道のラジオ)よりもNACK5のほうがもはや馴染む。NACK5が聞こえると埼玉に帰ってきた感じがして安心する、という魔法にかけられているRedsugarとしては十文字峠からの下山は「下山した後」みたいな気持ちでした。
さて、十文字峠からは八丁坂と名の付くような下り坂を延々と歩く道が続く。



下りの道中には、NHKの撮影班の方々も。


毛木平が近づくと、信濃川源流で見られたようなフサフサとした苔に覆われた地面が再び現れます。




ところどころに湧き水、コップも備え付け。適宜水分補給ができるやさしい道です。


十文字峠コースの特徴は湧き出す石清水、のどが渇いてもすぐにお水が飲める。古からの峠道は水の補給や休憩場所が考え抜かれている場合が多いと聞いたことがありますが、十文字峠の道は水に関しては悩むことがない。






信濃川源流へ流れ込む支流にかけられた橋を渡ると開けた低地に出ます。苔の絨毯の上にヨモギ饅頭のような岩がポツポツと転がった窪地の森は神秘的な雰囲気がする。






窪地には野イチゴの花が咲いていたり、草原が広がっていたり。立派な木橋を過ぎれば毛木平はすぐそこです。


午後4時30分、毛木平。
出発が遅れたので少し遅くなってしまいましたが、信濃川源流十文字峠周回登山完了です。
毛木平の駐車場は朝よりは台数が少なくなっていましたが、それでもたくさんの車が残っていました。
いやー、たくさん歩いた気がするけど……集中しきっていたのか体感時間では短いと思うような登山になりました。


日が傾く川上村のレタス畑を走って帰路につきます。川上村はとにかく景色が良い、北海道の道央を思わせる眺めを楽しみたいなと思い、ちょっと道を外れてレタス畑を見渡せる場所へ。走ってみて知ったのですが、レタス栽培に携わる人々には海外の方もたくさんいるんだなぁ……と。
畦道に座り込んで農作業の終わりを楽しむ人々の頭上では、夏らしい雲が山をすっぽりと覆っていくのでした。






下山後の温泉ですが、毛木平の近くには「ヘルシーパークかわかみ・ヘルシーの湯」という場所があります。八ヶ岳が近いからそっち方面の温泉に行く方も多いかもしれないが、Redsugarのおすすめはこちらのお風呂。
お食事処も併設されていて、もつ煮とノンアルコールビールで下山後の祝杯を楽しみ。のど越し最高なざるラーメンで下山後の体にちょっとだけ栄養を入れるといったことができます。


川上村からの帰路では男山がとにかく印象的です。秋口に訪れれば山肌全体がカラマツ紅葉で黄色くなります。登山自体はいろいろなコースがあるようで、歩いてみたい場所の一つです。
さて、帰り道は再び上信越道を経由することにしたのですが、小海駅近くにある清水屋さんで下山後の酒を購入することにしました。





というわけで今回購入した下山後のお酒はこちら。千曲錦純米大吟醸生原酒となります。一口含んだ瞬間にくわっと口に広がるドライな味、ビールでいうとスーパードライ、乾いた味が特徴的に思える飲みやすいお酒。辛口の奥にフルーツのような鮮やかな酸味も見えて青々しいというか若々しさを感じます。
乾物よりも刺身やトマトにチーズといった鮮度がいい小料理と一緒に楽しむのがよいでしょう。さすがのいい酒です、これはうまい!外れない!











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