2025年7月13日、福島県にある日本百名山の一角「燧ヶ岳」を歩いてきました。
童謡『夏の思い出』で詠われている尾瀬を代表する山であり、標高は2,356mとなります。
関東エリアを筆頭に東日本で登山をたしなんでいる場合、尾瀬というのはメジャーな山域で、水芭蕉から紅葉に至るまでの時期は常に選択肢に上がるのではないかと思います。
地図を広げれば様々なコースが尾瀬にはありますが、今回は只見川に注ぐ高さ100m、幅30mの三条の滝を眺めることができる裏燧林道踏破を目指して燧ヶ岳を歩きます。
お勧めの時期は緑が美しい初夏。
7月上旬の梅雨の合間に訪れれば、鮮やかな黄緑色が輝く森が登山者を待っています。
御池を起点として燧ヶ岳、裏燧林道を周回するコースは長丁場となりましたが、非常に満足感がある山歩きを楽しむことができました。燧ヶ岳山腹に広がる鮮やかな萌黄色の森を堪能する、尾瀬燧ヶ岳一周登山の記録です。
redsugar終わってみれば久々の10時間。心地よい満足感が足元から湧き上がる登山でした。
燧ヶ岳、裏燧林道周回登山の概要
初夏の湿原はワタスゲ天国




2025年7月13日午前6時10分、御池駐車場。
おはようございます、Redsugarでございます。本日は尾瀬御池駐車場から燧ヶ岳と裏燧林道を歩きたいと思います。
7月初旬という梅雨時期、合間に訪れる晴天は透き通った空の青と新鮮な空気に満ちています。
登山口に到着して青空が広がっていると本当にうれしいですよね。
ちなみに、午前6時に御池に到着するためには、埼玉県大宮付近からだと午前2時半くらいに家を出なくてはなりません。西那須野インターまで2時間、そこから下道を1時間半でだいたい6時到着。
出発の準備に30分と考えても午前2時に起きて出発となるので、前日は夜20時くらいには寝ないとつらくなることでしょう。ですが、子供がいたりすると寝かしつけの関係でそううまくは行きません。自分一人の都合以外が関係してくる身分の場合は、夜行バス移動が一番楽じゃないかなぁと思います。



登山口にたどり着くまでの運転中は気が気じゃないけど、夜が明けてきて青空が見えてくると本当に安心するよなぁ。


御池登山口の駐車場は非常に広いので駐車できないということはないかなぁと思います。
登山客なら早朝に来るだろうし。個人的に夏場に尾瀬を歩くと下山タイミングで土砂降りに合うという経験から、車は結構登山口に近いところに置くようにしています。



さて、御池登山口から入山しましたが。木道を過ぎればすぐに泥登山道が始まります。


登山口を出発して樹林帯を抜けると広沢田代という最初の湿原地帯へ。初夏の時期はワタスゲが咲いていて、フレッシュグリーンの中に白い斑点が浮かぶ景色を楽しめるはず。


午前7時5分、広沢田代。
広沢田代は時期によって様々な花を見ることができる高層湿原地帯です。7月上旬という時期はワタスゲの花が沢山咲いており、そよ風にフワフワと揺れる花を愛でて歩くという、メルヘンな散歩を楽しむことができます。


尾瀬といっても広いため、様々なコースがあるのですが。
尾瀬御池から燧ヶ岳へと向かうこのコースは大きな湿原地帯を二つ越えていくこともあり、やさしく・爽やかで・華やかな道を楽しめるものになっています。




木道の下にはどういう世界が広がっているのかというと、地面からは薄く水が染み出し、草の根元には生き生きとした苔が広がっているというもの。
場所によっては食虫植物の一種であるモウセンゴケの群生もあり、下界で見ることは出来ない自然が足元に広がっていると言えるでしょう。


高層湿原地帯ということで、いくつもの池塘も観ることができます。
池塘は堆積した泥炭層の隙間に少しずつ水が染み込んで出来たもので、湿原地帯特有の景色です。
風のない早朝に水鏡となった池塘を見たことがある人も多いのではないでしょうか?


御池から続々と登山客がやってきて、湿原地帯を燧ヶ岳山頂に向かって進んでいきます。
燧ヶ岳の御池コースはスタートから気持ちのいい道を楽しめるのが良い所。



最初は眺望がなく蒸し暑い樹林帯を歩きます的な、我慢するようなところが全くありません。


2025年の燧ヶ岳はワタスゲが大当たりで、大群生といえるような場所がたくさんありました。
花には当たり年・裏年といったものがあるため、歩く前に「今年は何の花がたくさん咲きそうかな?」というのを調べると面白いんじゃないかな。


ワタスゲと同時に白い花を見せていてくれたのがコバイケイソウ。
遠くから見ると白いトウモロコシのような見た目の花ですが、花をつける周期が年単位になっています。
当たり年の条件はいろいろありますが、調べているうちに植物の知識が身につくのも登山のいいところ。



山に咲くツツジの花などはわかりやすく当たり年と裏年があります。シロヤシオは当たり年の翌年は大体裏年だったり。夏の湿原といえばニッコウキスゲですが、こちらも大群落が観られる年もあれば、まったく咲いていない年もあります。
登山するときっていうのは大体前の年のことを忘れているので、登山記録サイトなどで一度調べてから予測を立てるのがお勧めです。


午前7時35分、熊沢田代。
広沢田代の次に現れるのが広大な面積を持つ熊沢田代です。熊沢田代から見る燧ヶ岳は一見の価値があります。



まずは木道沿いに湿原へ、顔を上げると……


中腹まで続く熊沢田代の向こう側に富士山のような形をした燧ヶ岳がドーンと現れます。初めてこの景色を見たときは心が躍ったものです、何度見ても「いいな」と思える景色の一つ。フォトスポットでもあり、画面中央の湿原地帯へと向かう木道の途中で多くの登山客が湿原と山を背景に自撮りを楽しむ場所でもあります。


童謡の歌詞に「遥かな尾瀬、遠い空」というフレーズがありますが、言葉通りと思えるような景色が続きます。
写真をよく見ると小さく人が映っていますが、端から端まで10分以上かかるくらい広い湿原なんです。



熊沢田代を歩く時間は愉悦という言葉がぴったり。


木道を歩いていると黄色いパンケーキのようなものが目に入りました。誰かセブンイレブンのパンケーキでも落としたのか?と思ってよく見てみると……木道からキノコが生えてます。登山をやっていて木道からキノコ生えてるの初めて見たかもしれない。



しかも何だろう、ちょっと野生のシイタケっぽい雰囲気出てるし。


熊沢田代のど真ん中には大きな池塘があり、ベンチが用意された休憩スペースは多くの登山客でにぎわっています。
湿原地帯の草地の遠くに木が茂った黒い山が見えるっていう、山の上特有の気分がいい景色を眺めながら食べる行動食は……不味いわけがない。



ここでタッパーに入れたフレッシュなフルーツを食べているご年配の方々いらっしゃいましたが、美味しそうでしたね。山で食べるマスカットやオレンジって美味しいと思う。






広沢田代と比較するとワタスゲはやや不作な熊沢田代、場所が少し変わるだけで花の種類や勢いが変わるところも面白い。確か前回燧ヶ岳を歩いた際は、キンコウカの花が湿原を黄色く染め上げるくらい咲いていたんだっけ。そんなことを思い出しながら、湿原を後にします。


キンコウカが当たった時の熊沢田代を見たい方は、ぜひ前回の燧ヶ岳の記録もご覧ください。
青空と湧き上がる雲、初夏の燧ヶ岳


7月初旬、初夏の燧ヶ岳は一部雪渓が残っているため、写真のような雪渓の直登を楽しむことができます。短い区間であることと、気温の高さから雪が柔らかくなっているため重登山靴のキックステップで上ることができました。



一応チェーンスパイクはあってもいいかもしれない。僕は普段からLOWAのチベットというガッチリとした靴をはいているから、雪をつま先で蹴って段差を作るのが比較的楽。でもこれがスポルティバのウルトララプター等のような柔らかい靴だと出来なくなる、その場合はチェーンスパイクかなぁ。この辺は経験によるところが大きい、不安ならチェーンスパイクを持ちましょう。


振り返ると熊沢田代を見下ろすような場所まで登ってきたのだ、ということがわかる景色が広がります。
熊沢田代の向こう側に見えるのは会津駒ヶ岳です、ここから見るときれいな台形の形をしている。






ところどころ崩落気味な道がありましたが、何のことなしに九合目に到着。
ワイルドな階段を登っていくと目の前に柴安嵓がドーンと現れます。初めて訪れると「えぇっ!登り返しきつそう!!」と思うかもしれませんが、歩いてみると意外に距離を感じないもの……と思う。ここは個人差が大きいか。




午前8時40分、爼嵓。
続々と登山客が登ってくる爼嵓。こちら側の山頂には奉納された祠がたくさんあって、歴史を感じさせてくれます。
景色に関しては柴安嵓のほうが、尾瀬沼や尾瀬ヶ原を一望できるのでいいかなぁーといった感じ。




山頂の祠をよく観察してみると、建立時にセメントを使ったのかな……?足場は何かを練り固めた跡があります。
多くの祠が風化と侵食の影響で名前を失っていますが、石碑をよく見ると八海山大明神と刻まれているのがわかります。直線距離では八海山は近いけど……遥か山々の向こう側の信仰だよなぁ。
そんなことを考えながら地図を眺めていると、景鶴山の少し下に八海山(背中アブリ山)という場所があることに気が付きました、湿原地帯もあるんですね。
さらに調べてみると、日本山岳会3代目会長の木暮理太郎の記録が出てきました。
そこには「西 越後国北魚沼郡折立村、及ビ同郡藤原村ト八海山嶺ヨリ笠ヶ岳迄ノ山脈ヲ以テ界トス。」という記録が出てきます。越後国北魚沼郡の藤原村の境にある八海山(背中アブリ山)は、越後八海山を例として山頂にいくつか小池が存在している山っていうから、名前は伝わってたようですね。



今でこそ一応道路がつながっているけど。道路がない時代、檜枝岐村と魚沼は別の遠い国だったんだろうな……。
近代以前の尾瀬をもっと知りたいなぁと思いましたわ。


爼嵓に人が集まってきたこともあり、柴安嵓へ移動します。降りて登ってが意外とすぐでして、柴安嵓側に到着する前の尾瀬沼を見下ろした写真しか残っていなかった……。



尾瀬沼を見下ろす景色はいいですよね。画面真ん中にある踊り場のような場所がミノブチ岳で、長英新道から登ってくる際の中継地点です。尾瀬沼を挟んで向こう側には日光男体山や日光白根山がよく見えますね。




午前9時20分、柴安嵓。
爼嵓から登り返し柴安嵓にたどり着きました、すっごい登山客でにぎわってる……!山頂を比較すると休憩に適した平地を持っているのは柴安嵓ということもあり、遅めの朝食を楽しもうという感じで人々がザックを下ろして憩いの時間を過ごしている……最中でした。ちなみにこちら側には「柴安嵓山頂」というとても立派な石柱が建てられています。


柴安嵓からは御池岳という登山道がないピークを見下ろすことができます。これに近いショットを私、写真作品を作っている際に使いましたけども……、見ていると不思議な山なんですよね。
燧ヶ岳は見た目通りの火山なんですが、御池岳は火口の一つで、中心に亀裂のような線が入っています。


柴安嵓といえばこちらの景色で、夏の思い出を歌いだしたくなるような気持ちにさせられます。標高約1,400mの場所にある広大な湿原地帯「尾瀬ヶ原」を一望する景色です。空もでかい、広い、遠い空だわ……。



画面の奥には壁みたいな姿の至仏山。その奥にあるのは上州武尊山です。


今日の本当の目的地は燧ヶ岳じゃなくて、裏燧林道ということもあるのでにぎわう柴安嵓を後にして見晴新道から尾瀬ヶ原へと向かいます。実は今回のこの登山で……燧ヶ岳山頂から延びる長英新道、ナデッ窪、見晴新道の主要3ルートすべてを通ったことになりました、うれしいぜ。






見晴新道は崩落の影響などでしばらく歩けない期間が続いていたんですが、25年は通行可能でした。
歩いてみると結構きついコースなんだなぁ……という感想。長英新道が横に長いダラーっとした道なんですが、景色はそのままに斜度をきつくしたのが見晴新道、みたいな。






尾瀬はやりすぎではない程度に人の手が加えられている道が整備されていて、ちゃんと登山してる感じがある。
西日本を中心にみられる、観光地的な整備を入れないままでいてほしいなと思う。



おや、足元の泥に何か獣の足跡みたいなものがあるぞ……?爪がある動物なのかな??






見晴新道も泥をこねたような道が続いたのですが、それが終われば木道でできた高速道路みたいな登山道が見晴まで続きます。道の左右の笹もきれいに狩り払いされていて、文句ないほどに整備されているわ……。






尾瀬沼から尾瀬ヶ原まで歩いたことがある人ならわかると思うのですが、この木道区間……思ったよりも長い。
新緑が青々しく、生っぽい景色が左右を覆いつくす尾瀬の中心地を歩くのですが、意外なことに人も少ないのが驚きです。



以前ここを歩いた時も、尾瀬沼と尾瀬ヶ原を行き来する人が少なくて驚いた覚えがあります。
三条の滝を目指して裏燧林道を目指す






午前11時40分、見晴らし。
尾瀬の中心地となるのがこの「見晴」というエリアになります。山小屋が軒を連ねる場所で、お昼休憩を楽しむ登山客でにぎわいを見せています。特に、宿泊客の方々がテラスでピザを食べながらお酒を飲んでいたり、どこか浮世離れした雰囲気がある。
燧ヶ岳から裏燧林道を周回する場合は休んでいる暇なんてないので、湧き水で喉を潤し、手拭いで肌を冷やしたら出発です。



見晴の湧き水は夏でもしっかりと冷えていて、濡らした手ぬぐいを額に当てるだけで熱が抜けていくようです。


尾瀬の景色の代表格はこの木道じゃないでしょうか。見晴という名前の通り湿原地帯から山まで一望できる景色を楽しむことができます。写真を見ていて思いますが、25年の7月初旬は青々とした草原地帯が続き、花が少なかったんですね。


裏燧林道は至仏山方面ではなく、北の温泉小屋を目指して歩くこととなります。
湿原の端まで一直線に続くように整備された木道を進みましょう。




燧ヶ岳に広がる広沢田代や熊沢田代といった場所ではワタスゲが大当たりでしたが、尾瀬ヶ原では花は控えめです。小さなノアザミやニッコウキスゲをちらほらと見かける程度、静かな湿原が広がります。



温泉小屋方面は歩く人も少ない。これまで以上に静かな登山道が続く。


尾瀬もニホンジカの食害の影響が深刻なため、鹿よけネットが張り巡らされています。温泉小屋は柵の向こう側。


尾瀬で面白いのは湿原地帯と樹林帯の境目ではないでしょうか。
街を歩いていても自然と人工の境目は面白いんだけど、自然環境の中でも境界は眺めていて飽きません。




午後12時40分、温泉小屋。
温泉小屋は尾瀬の赤田代地区と呼ばれる一帯唯一の温泉地となります。ここの温泉は一度味わってみたいなぁ。カジュアルで居心地がよさそうなテラスでアイスコーヒーを飲みながら読書をする、そんな余暇を過ごしてみたいものですが……自分の場合はとにかく歩き回りたいタイプだから一生それができなさそうな気がする。




温泉小屋からさらに進むと、廃墟が現れます。積雪の影響で建物が壊れてしまった……という状況らしい。






裏燧林道へ向かうと三条の滝と描かれた分岐が現れます。
御池から温泉小屋に至る裏燧林道は尾瀬ヶ原や尾瀬沼と違って野性的な道が所々に広がるため、難易度が低いということはありません。距離は長いしアップダウンもある、ちゃんと大変な道です。



三条の滝までは思いのほか降る、登り返すの大変だなぁ……と思いながら坂道を降りていきます。


尾瀬にはいろいろな道がありますが、裏燧林道は巨木が多く、大蛇のように曲がりくねった木の根が巨岩に巻き付くような光景を楽しむことができます。個人的な好みでいうと、アヤメ平方面の道と裏燧林道が雰囲気良いと思う。






三条の滝までは思いのほか道を降ります、ところによっては切れ落ちた斜面が見える場所もあり、緊張感があるルートが続くのです。決して楽な道じゃないなぁ……。


景色が開けてきました。谷底に流れる巨大な只見川が見えてくれば、滝はだいぶ近づいてきたということです。
ちなみに見えているナメ滝、沢屋の人なら歩きたいであろう形状をしている。



風が木々を揺らしている鳴る音とは違う、ゴォーッという水が落下する音が聞こえてきた。






午後1時45分、三条の滝展望台。(観瀑台)
展望台へ至る直前は谷底へと降りるような形で斜面を下ります。
切り立った崖の上に通された緊張感あふれる道を歩くことになりました。道の左右には鎖で柵が作られているけど、ちょっと怖かったなぁ……というのが正直な感想です。



しかし、展望台は都市部のような整備っぷりです。これまでのワイルドな登山道との温度差がすごいぜ……。


こちらが尾瀬随一の名瀑「三条の滝」です、もちろん日本の滝100選に選ばれております。
福島県曰く高さ100m、幅30mという大瀑布は確かに迫力があります。展望台がそれなりに近い位置にあるため、流れ落ちる滝によってかき乱された風がびゅうびゅうと吹き付けてくる。



大瀑布ってやっぱり怖い!!!称名滝とかでも思ったけど、吹き付ける風と水しぶきを前にすると足が震える!!俺だめだ!帰る!!




巨大な滝を前にして足腰から力が抜けていきます、自分……滝はやっぱりだめだぁ。滝に向けて一生懸命カメラを向けます、流心が束ねられた滝は見ているだけで怖い。沢屋の方々のレポートを見ると、この観瀑台からロープで懸垂下降して滝つぼに降りたというものがありますが、世の中にはとんでもない超人がいるもんだなぁ……と感心させられます。
裏燧林道を歩いて御池へと帰る


三条の滝までのルートは尾瀬保護財団のサイトで「急峻な登山道と木製階段を下るため、足に自信がない方はストックなどがあると安心です」と言及されている通りの道でした。思いのほか降りていくのが大変だったのですが、御池への帰り道は登り坂が多くてもっと大変でしたよ。


御池へと登り返していく途中、平板が積み重なったような地層が現れます。燧ヶ岳は火山であり、デイサイトや安山岩といった火山岩がよくみられるんだとか。これは板状節理という割れ目が発達してできたもののようですね。



安山岩は環太平洋造山帯で最も一般的な火山岩と言われています。語源が面白いのですが「アンデスの石」という意味の「andesite」を和訳したものが安山岩、ということらしいです。


尾瀬は昭和の時代から観光と登山の対象として日本人に親しまれてきました。尾瀬を歩いているとそういった時代の「痕跡」をいくつか見ることがあるかと思います。登山道に面した場所に生えているブナの巨木には「名前」が彫られていることが多いのです。これは場所が変わると、例えば鳥海山や十勝岳では岩に名前が刻印され、大峰山の狼平では地面から出土する缶類のゴミといったものになるかなと。



70年代に現れたニュートポグラフィックスの写真家の方々は、こういった人間が自然に対してアクションを働きかけることによって変質していく様態を集めていました。山岳写真でも、美しい写真ばかりではなくこういった行為を集めることで登山という行為のクリティーク(批評)としての写真制作ができたんじゃないかなぁ……。
過去、山岳写真の名作とされるヒマラヤの名峰撮影などは、結果的に日本とアジア諸国との経済的格差がそれを可能としていた。経済的非対称性によって成立した表現であると現代で評されることもあるのですが、当時その側面に気が付いていた人がどれくらいいたんでしょうね。
96年にK2に登った服部文祥さんはそのことについて著書で言及していていましたが……。






裏燧林道を御池に向かって進んでいきますが、だれ一人すれ違わない……。そんなにマイナーな道なのか?新緑シーズンでこんなに気持ちがいいのにと思うのですが、燧ヶ岳登頂からの裏燧林道日帰りは距離が長いためそんなにやる人は多くないみたい。
午前の早い時間に見晴へ向かう往路としてはにぎわうけど、午後は人が少ないんだろうな。



長いけど、ところどころに小さな湿原地帯が現れるのがいいですね、心休まります。






午後3時5分、裏燧橋。
裏燧林道は本格的な登山道が続く道ですが、途中に現れる裏燧橋は大変立派でした。橋を過ぎると眺望が良い湿原地帯もぼちぼち現れはじめ、燧ヶ岳の柴安嵓を眺めることができたりします。




しかし、長い。木道がある場所と土の登山道が交互に現れる道をチリンチリン音を立ててひたすら歩きます。
ラクダのような形をしたダケカンバの木が現れたら、御池田代までだいぶ近づいたということ。


裏燧林道はその中間が修行めいているのですが、御池に近づくと雰囲気が一変します。巨大な高層湿原地帯を緩やかな木道を利用して歩いてゆく……まさに尾瀬!



燧ヶ岳に登らない、家族で少し湿原を歩きたい。ということであれば裏燧林道側にある湿原地帯を歩くのがいいかもしれない。


こちらもワタスゲの群生が満開、緑の草原地帯に白い綿毛がたくさん浮かんでいました。


横田代、上田代、御池田代と湿原地帯が続いていきますが、人っ子ひとり居ないため非常に静かでした。




御池田代までやってくればニッコウキスゲの群生も現れます。裏燧林道は御池駐車場近くの前半エリアは長閑な景色が広がっていて、登らないけど湿原を楽しみたいという方にはお勧めできるかもなぁ……。






午後4時20分、御池駐車場。
遅めの時間帯の下山となってしまいました。尾瀬御池ロッジに駆け込み、ノンアルコールで水分補給をしながらお土産を購入。夏の尾瀬は午後になると土砂降りの心配があるのですが、今回は無事最後まで気持ちのいい晴れ間が続いてくれました。天気予報をじっくりと見ていた甲斐があります。



檜枝岐村や南会津エリアでおすすめのお土産は、僕は蕎麦の乾麺とネッカさんのお酒かなぁ。蕎麦は買いやすいと思いますが、僕はこの蕎麦がすごくおいしいと思っています。


さて、下山後の温泉は駒の湯へ。檜枝岐村には複数の温泉がありますし、東北道へ向かう道中にも窓明温泉がありますので、御池からの登山は入浴に困らないかなと思います。燧の湯、駒の湯、道の駅の温泉と好きな温泉を選んでみてください。
さて、この記事の最初にも書きましたが尾瀬御池からの登山はアクセスが大変です……、たっぷりと下道を走り高速へ向かう。埼玉の自宅に到着したのは日も暮れた夜になってからとなるのでした。











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