2025年1月13日、東京都武蔵五日市エリアにある戸倉三山を歩いてきました。非常に長い道のりと豊富なアップダウンが特徴となる低山縦走コースで、夏山のトレーニングとして歩く方も多いハイキングコースです。
戸倉三山を構成するそれぞれの山の標高は刈寄山687m・市道山795m・臼杵山842mと1,000m未満の低山が続きますが、それぞれをつなぐ道は厳しいく侮ってはいけません。
今回の登山では武蔵五日市の今熊神社から刈寄山を目指す時計回りコースで歩きますが、全体的に登り基調で体力を問う登山が楽しめました。
体力を問うと書きましたが、今熊神社バス停を起点として臼杵山まで歩き、荷田子バス停を終点とするコースの長さは約15㎞、累積標高差は1,500m程となり結構きついのです。(山と渓谷社ヤマタイム調べ)
豊富な距離と標高差を持つ戸倉三山縦走は、距離と標高差で似ているアルプス登山のための体力チェックとして雑誌でおすすめされることもあるほど。
Redsugar的に、コースのほとんどが植林地帯となり眺望もない地味な山行が続く戸倉三山のおすすめの時期は冬です。草木が枯れ蜘蛛の巣も無い、肌を刺すような冷たい空気と温かい日差しに恵まれた1月の晴天日、土の感触を足の裏に感じて歩くという行為自体に至福の喜びを見出す登山を推奨したい。ハイカーズハイになれるよ。
というわけで、1月の戸倉三山縦走です。
redsugar地味すぎてずっと先延ばしにしていた戸倉三山縦走でしたが、歩いてみたら結構面白かったです。下山後も武蔵五日市の食事処や、地酒である喜正を楽しめたり。歩いてみないとわからないものですね。
戸倉三山縦走登山の概要
今熊山から歩く戸倉三山






2025年1月13日午前7時10分、武蔵五日市バス停前。
おはようございます、Redsugarでございます。ついに戸倉三山を上る時がやってきました、先延ばしにしていたのに。
事前に調べていた限りでは眺望もなく、地味な道が15㎞続く上に累計標高差も1,500mということで中々訪れる気になりませんでした。ですが……時は来た、それだけだ。



完全にトレーニングの山という印象だった戸倉三山。どこに行く予定もない1月こそ上るタイミングだ、ということでやってきました武蔵五日市駅前。


午前7時50分、今熊神社バス停。
武蔵五日市駅を出発し今熊山登山口へ向かうバスに乗車するところから本日の登山は始まります。アクセスが手軽でがっつり歩けるというコースはとても優秀です。トレイルランニングの練習にもきっといいのでしょうね。私みたいなハイカーにはつらいけど。


バスを降りて今熊神社に向かう途中、幼虫を販売していたと思われる出店跡に遭遇。たぶんここでいう幼虫は……カブトムシ、クワガタなんでしょうね。






バス停からほどなくして今熊神社へたどり着きます。この今熊神社は古い歴史を持つと同時に面白い伝説がある神社です。なくしたものを探しているときに訪れるといいんだとか……。



神社前の説明を読むと古墳時代の天皇の名前が出てくる。当ブログは歴史の話もたまにしますけど、古墳時代の話なんてさすがにしたことがない。それほど古くからの伝承がある今熊神社です。


境内は美しく社殿は立派です。なくしもの探しの聖地ということで、全国から探し人や探しモノの祈祷に人々が訪れているらしい。



職場との主従の絆をなくして久しい、そういったものは見つかりますか?多分給料が5割増しになると比較的パラメーターが上がりそうな気がします。


社殿のわきから伸びる登山道より今熊山山頂へ、ここからが戸倉三山の本格的登山道が始まり。歴史があるといいましたが、境内の杉は大きく、植林のそれとはまったく違う幹を誇ります。


所々にある露岩が登山道を彩る今熊山登山道。山中の石碑の中にはそこで命を落とした方の慰霊碑もあれば、信仰に基づいて建てられた霊神碑など様々です。


今熊山園地に近づいたあたりで紙垂がぶら下がっていました。たぶん……これをくぐれば神社の外に出るっていうことじゃないだろうか。


山中の登山道に紙垂が下がっている景色はたまに見かけます、御岳山とか。今熊山ってもっと地味な山だと思っていたんですが、人々の手が行き届いている生きた里山なんだなと。
今熊山より縦走の始まり


今熊山の中腹には今熊園地という小さな公園があります。切り開かれたその場所からは武蔵五日市の秋川沿いに広がる街を見下ろすことができます。写真には送電線が目立ちますが、戸倉三山では山を越える送電線を何度も見ることに。



昔は大規模な変電所を住宅地が多い都内に作ることができなかったため、周辺地にそれを建設したそうです。ここに見える送電線は新多摩変電所などに向かうものなのかな?
各地の発電所から山を越えて都内に電気を運んでいるそうです。


今熊山園地にはトイレがありますが、山の中のトイレということで決してきれいではないです。ないよりはましだけど。


今熊山山頂に近づいてくると壊れた石積みなどが現れます、奥社参道の名残でしょうか。


午前8時45分、今熊山。
まず最初のピークとなる今熊山に到着しました、気持ち的にはここがスタート地点ですね。戸倉三山に数えられるのはこの次の刈寄山から、今熊山は仲間には入れてもらえません。
山頂に眺望はなく、少し奥へ歩いたところにある今熊神社奥社が開けた場所になります。






こちらが今熊山奥社になります。鳥居にもいろいろ種類がありますが、上へ向かう反りがない神明式の白い鳥居が目立ちます。



鳥居の形は60種程あるといわれていますが、大きく分けると明神系と神明系の2種類になるようです。似たような名前のおかげで、覚えにくいですね。原始的な鳥居の姿に近いのは神明鳥居とされ、仏教建築の影響を受けて明神鳥居へと発展していった、らしい。


小さなお稲荷さんのもとには小銭や松ぼっくり、地元の子供たちがお供えしたんだろうか?


今熊山奥社は山中の神社で、アクセスが良いわけではないのによく整備されていて驚きました。自分が歩いているときもランナーの方とすれ違うことが多く、地元の人にとってはいい里山なんでしょうね。





奥社へと続く石灯篭の道に日差しが差し込む、これから臼杵山までの長い長い道のりを歩くんだよなぁ……。


今熊山山頂から少し戻って、分岐路を刈寄山へ。戸倉三山縦走のメインルートへ入っていくのですが、まぁ地味です。
大してきれいでもない雑木林の中を延々と歩いていきます。




歩いてる道中送電線が何度も姿を現します。足元の杉林は伐採され禿山の地肌と広い空が目の前に広がります、「ニュートポグラフィーじゃん」と言いたくなる景色が戸倉三山の特徴。


ここにまた新しい杉が植えられるのでしょうか?
新しく植林するのであれば花粉が出ないものにしてほしい。ていうか杉を植えるんじゃなくて原生林に戻すような努力をしてほしい、照葉樹の森でもいいからと思うRedsugarです。



花粉症は本当につらい、花粉症に合わせて果物が食べれなくなったのは本当にショックです。リンゴとか桃が食べれなくなるからね、花粉症。


登山道わきには時折、消火用の水瓶が置かれていることがあります。25年から26年にかけて、関東の乾燥した冬の山では山林火災が相次ぎました。こうした小さな努力はあったほうがいいと思うけど、乾燥と風という自然の前では人間の営巣活動は無力と思わされます。




杉、杉、杉ばっかりという道が延々と続きます。戸倉三山はトレーニング、戸倉三山は修行、という記録が多いのも納得です……きれいな景色を見に歩く山ではないな。



歩くこと自体が楽しい山だとは思います。道が本当に良いので歩く行為自体に集中するなら戸倉三山は非常に楽しい。
刈寄山から市道山はトレーニングの道




杉林を延々歩き続けている……と思えば再び伐採地に。開けた斜面からは市道山へと続く低山の山並みが広がり、それまで見えていた大都市東京とは無縁の景色を楽しめます、山波のような眺めは良いですね。
刈寄山なんですが、地図で見ると縦走路から外れたところに山頂があるんですよね……。往復で結構時間使うなぁと思う方がいるかと思いますが、歩いてみると写真二枚目の暗部から縦走路に復帰することができるので心配は無用です。


午前9時50分、刈寄山。
戸倉三山を構成する3つの一つ、刈寄山に到着しました。都心方面の木々を切り倒しているため、新宿方面が見える山頂になっています。


都心がよく見えるとは言ったものの、一番目立つのは先ほど見上げていた紅白模様の鉄塔です。なんで紅白模様なんだろうと思って調べてみたら、航空法に基づく昼間障害標識としてパイロットの視認性を確保するためと出てきた。
法律上60mを超える鉄塔や煙突は紅白の塗装が義務付けられているんだって。つまり、紅白模様の時点で高さは60mを超えているということ。



2000年代の航空法改正で、昼間障害標識(紅白塗装)は免除することが可能になったらしい。でも、いまだ紅白は一つの指針として使えますね。




刈寄山からメインルートまで戻るのがしんどいなぁと思っていましたが、伐採地点の鞍部に分岐路があるため最小限のロスタイムでメインルートに復帰。


登山道に沿って山を這う林道盆掘線ですが、未舗装路で草がボーボー。使われているのだろうかと心配になりましたが、伐採地の様子を見るに現役っぽい。




登山道は再び杉のパルテノン神殿状態になりました。花粉の時期には歩けないコースだなと思う、全身花粉まみれになることは間違いない。


再び杉林を抜けると大規模な伐採地に。現在進行形で伐採作業が進む斜面で、眼下に伸びる林道では業者の方々が切り倒した杉を丸太に加工しています。


チェーンソーの音が響き渡る山間部、木霊は甲高い電気チェーンソーの音を返してはくれない。
乾燥し茶褐色に染め上げられた斜面には真新しい木々の断面ががマーブル状に並んでいる。





ここで伐採された杉材が建材になるんだろうか?
自分が購入した戸建ての家も、山から切り出された杉材と、山を削ってできたコンクリートで出来ているはず。


伐採地の景色を眺めると産業を生み出す社会の仕組みが持つ大きな力を感じます、自然の形をこんなに変えちゃうんだぜ。再び杉の植林地帯に入っても、目の前の景色は人が作ったものなんだよなという意識が湧き上がってくる。



手つかずの自然と人間が作用した自然というものをめちゃくちゃ意識させてくれる登山道だ。


伐採地を過ぎたあたりで植林地帯と広葉樹の森の混成地帯に出ました。階段の手前で土を掘る男性がいたので話を聞いてみると、園芸用の土をとっているんだとか。広葉樹の森が広がる明るい場所は土のバランスがよいらしい。
過去に降り積もった火山灰や植物遺体による豊富な栄養の話を聞くと、土も奥が深いんだな……と思わされます。


我が家の庭に植えてあるレモンも土を改善しつつ剪定をすればちゃんと実がなるのかなぁ……と思いながら杉の城と化した山を歩き続けます。


それまで日当たりのよい場所を歩いていましたが、市道山に近づくにつれて薄暗い杉林の斜面も。刈寄山から市道山までのコースタイム2時間30分の峰見通りと呼ばれる地点が戸倉三山で一番大変じゃないか。


峰見通りは地図で見ても小さなアップダウンが連続する区間。その道中……峰なんて見えないが?と苦言を呈したくなるような樹林帯が続きます。



考え事をしながら歩くには最高な道。歩くことに集中したい、トレイルランニングの練習をしたいということであれば戸倉三山めっちゃよくないか?と思う。一人で歩いていると辛いけど。






午後12時00分、市道山。
戸倉三山の二座目となる市道山(いちみちやま)に到着しました。
写真一枚目に日本山岳耐久レースと書かれていますが、市道山はコースの一部となっている山なんですね。
特に話す内容がない刈寄山と比較すると市道山は嫁取坂という歴史もあるしハセツネCUPの話もある恵まれた山だ。



昭和のころまで檜原村から八王子に生糸を運ぶ際の峠道として使われていたそうです。その際に男女が縁を結ぶということで、檜原村からの登山道を嫁取坂と呼ぶのだそう。無くし物探しの今熊山、縁結びの市道山というわけかぁ。
臼杵山、長い縦走の終わり


市道山からは最後のピークである臼杵山へ向かって北上することになります。少し進んだ場所には戸倉三山最大の伐採地、乾燥した冬の空気に巻き上がる土ぼこりが風に乗って襲い来る……。


中央アジアやアメリカの砂漠の山を思わせる茶色い景色が広がる。でもこれ、岩ではなくやわらかい土に覆われた日本の山肌なんですよね……。海外の茶色い景色に似ても似つかない目の前の光景を形容するとしたらはげ山としか言いようがない。



これは皆伐ということでいいのか。その後の植林が行われているようには見えないけど。


どれくらいの時間をかけて切り崩していったんでしょうか?残っている切り株の断面は灰色に乾ききっていて、幹が失われてから相応の時間がたっていることが伺えます。



季節が冬ということもあるのかもしれないが、緑が一つもないのが不思議。皆伐を行った後のはげ山を放置すると風雨で土が流れ、そこにいた微生物なども失われるため地力が著しくなくなってしまいます。


登山道は植林地帯と伐採地帯を分け隔てる線として尾根の真ん中に敷かれています。すぁ~っと舞い上がる土埃に鼻がムズムズする中、汗を流して坂を登る。


臼杵山に向かう登山道も伐採地を過ぎれば眺望はゼロ。


倒木に括りつけられたピンクテープや過ぎに塗られたペンキを眺めながら、踏み固められた登山道を歩いていきます。登山も後半になってひたすら歩き続けているのでトランス状態になってきそう。


杉の回廊をどれほど見ればいいのだろうか?目の前の景色を直視すると木と木の前後関係が良く分からなくなったりします、錯覚で頭がくらくらする。


午後1時15分、臼杵山。
戸倉三山最後のピークである臼杵山に到着しました、あとはバス停に下山するだけです。今熊山からは上り基調というのは理解していましたが、さすがに疲れた。トレーニングに愛されているという理由を身体で理解できたよ……。


臼杵山からは武蔵五日市と都心方面を眺めることができますが、手前にあるのはコンクリートを作るための石灰岩の採掘場です。武甲山のように段々になっている山肌が特徴的、まさにライムマウンテン。


奥多摩方面の眺望ではお城のような形をした大岳山が目を引きます。写真の左側に二等辺三角形で構えている山は御前山ですね。


バス停に向かっての下り道。冬ということもあり日没は早く西日で薄暗くなった森の中を駆け降りることになります。



この道もひたすらに、杉。戸倉三山は花粉シーズンに歩いてはいけないね、縦走どころじゃない。途中で鼻水と涙にまみれて力尽きるんじゃないか。


午後2時10分、荷田子峠。
荷田子峠から登山口までは600mになりますので、日の短い冬場はここで降りるのがよさそうです。






車道に降りた瞬間肩の荷が下りたように心が楽になりました、思い返してみると本当に長いコース。今熊山のことが昨日の朝のことのようです。


午後2時35分、荷田子バス停。
武蔵五日市まで歩けば真面目なトレーニングになると思うけど、帰りの時間や体力的に今日はここで終わり。
真冬という季節のおかげで汗も少なく風呂は絶対という感じではなかったので、武蔵五日市でご飯を食べて帰ることにしました。






バスに揺られて武蔵五日市よりも少し前の「東小中野」という停留所で下車します。ここに降りた理由は武蔵五日市のお酒が売っている酒屋と、ご飯屋さんに行くため。
評判が良い「定食屋とんとん」さんは居心地がよくご飯もおいしいということで是非訪れてみたい場所だったのです。


下山後は瓶ビールです。生ビールよりも趣があるのは瓶ビールな気がする。


下山後に何を食べるか……生姜焼きに引き付けられましたが、もつ煮です。ビールにもつ煮という組み合わせは鉄板、白米は大盛だけど一瞬でなくなってしまいました。とんとんさん、本当においしかったです。



戸倉三山下山後にはお勧めですよ。ここでご飯を食べると、駅まで歩く間に武蔵五日市のお酒「喜正」を買うこともできます。




駅に向かう道中には楽しいお店がたくさんあり、写真のベーカリー203もその一つです。縦走後のご飯はしっかり食べましたが甘味が足りないということで、小さくもずっしりとしたあんパンを購入。暖かい西日が差す街中をゆったり歩きながら食べる餡は旅情がありました。



俺は今、休日の一人旅のアンパンっていう感情を食ってんだ……っ!!


駅の手前にある酒屋で喜正という地酒を購入することになるのですが、店内では地元のおじさんたちが角打ちで大盛り上がりしているではありませんか。めちゃくちゃいい雰囲気に思わず気圧されてしまいましたが、頑張って酒を購入しましたよ……。



地元を出た身としては、幼いころから互いを知っているであろうおじさんたちの昼の酒宴がちょっとうらやましかった。




午後3時45分、武蔵五日市到着。
戸倉三山を歩き、地元の定食屋で飯を食い地酒を買う。風呂以外やりきったこともあり大変満足な山歩きとなりました。武蔵五日市というさいたま市まで結構早く帰れる場所っていうのもありがたかったです。
しかし、本当に体力測定というかトレーニングみたいな山だった……。冬に歩くと快適ですが、夏のアルプスに向けて5月くらいにここを歩くのはありなのもしれません、汗を流しながら長距離を歩くにはとてもいいコースですね。


さて、今回のお土産コーナーは東京の西側に行ったら購入したい柚子唐辛子と野崎酒造さんの「喜正」になります。
柚子唐辛子は水煮などのなべ物にポン酢と合わせていただければ間違いない美味さでお勧めですよ。



さて、喜正を楽しんでみましょう。変な癖はなく、旨味しっかり、鼻に抜ける香りは爽やか。アルコールっぽさを感じさせない円やかさで甘みが心地よく刺身の甘みの後にすっとした先を洗うような感じに持ってこい。
ごはん時に飲むのではなく、つまみを揃えて仲間や家族と酒を飲むためにこの酒を選びたいですね。
華やかに感じるのに香りが暴れていないのがとても良いです。
脂ののった刺身もいいけどクリームコロッケみたいなつまみもが非常によくあるお酒で、すぐに飲み干してしまいました。











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