【奥武蔵】大高取山、吾野駅から顔振峠を越えて越生梅林を目指す春登山

大高取山山頂で憩う人々

2025年3月14日、埼玉県は奥武蔵エリアの桃源郷「越生梅林」へ向かうため大高取山を歩いてきました。
大高取山の標高は376m。今回は吾野駅から越上山へ向かい一本杉峠を越えて越生梅林に降りるという南から北へ、存分に歩けるコースで大高取山を楽しみます。
顔振峠では派手に咲く河津桜が風に揺れ、梅林ではフクジュソウと梅の花が登山者を迎えてくれる花見登山を楽しむことができました。越生梅林を楽しみたい、だけども山もたくさん歩きたいという方には今回のコースや高麗駅から歩き抜けるようなロングコースがおすすめです。

河津桜と梅の花、花粉が舞う奥武蔵の植林地帯を歩きぬける春の登山の始まりです。

目次

吾野駅大高取山縦走の概要

■概要
埼玉県は越生町にある越生梅林は埼玉県内でも有数の梅林。花の時期なると梅まつりが開催され、周囲は山ということもあり登山のゴール地点として楽しむ人もいる場所です。
登山を楽しんでから梅林を楽しみたいという場合は南からがお勧め。出発地点を自身の体力に合わせて柔軟に変えることができるのがこの登山の面白いところです。
今回歩く吾野駅から顔振峠・一本杉峠・鼻曲山を経由して大高取山へ向かうルートの場合は距離16km、標高差約800mのハイキングを楽しめます。
体力がある方は高麗駅や武蔵横手駅から出発したり、ユガテを経由する道のりなど色々なコースを考えてみるとよいでしょう。
今回選択した道中の名所は顔振峠・桂木観音・大高取山など、ゆずのお土産が買えます。

顔振峠は義経一行が奥州へ逃れる際に何度も振り返ったという景色の名所。桂木観音は奈良の大仏で有名な行基が東国行脚の際に「大和の葛城山に似てる」ということで名付けた場所。現在は……柚子農家でゆずポン酢が買えます。農家直伝のゆずポン酢だから買いましょう、毛呂の里の名産だし。
大高取山は越生一族のお寺である法恩寺で有名ですが、現在は東京を一望するハイキングスポットとして地元の人に愛される場所です。山中には白岩様や世界無名戦士の墓など気になる場所がたくさん。

■アクセス
縦走なので公共交通機関アクセスになります、埼玉県民は武蔵野線ルートで行きましょう。
【電車】南浦和→新秋津/秋津→飯能→吾野:840円~(JR武蔵野線、西武線を利用)
【電車】越生→坂戸→朝霞台/北朝霞→南浦和:750円~(東武線、JR武蔵野線を利用)
合計運賃 約1,600円~、非常にお安く半日歩いて過ごせます。

■コースタイム
吾野駅8:20→平九郎茶屋9:35→諏訪神社10:20→越上山10:40→一本杉峠11:10→桂木観音12:50→大高取山13:15→越生梅林14:15→越生駅15:15
合計登山時間 約7時間、駅から駅へたっぷりと歩けます!!

吾野駅から歩く大高取山への道

2025年3月14日午前8時20分、吾野駅。
おはようございます、Redsugarでございます。
春の3月は花を追う登山の時期で、関東であればカタクリ、ミツマタ、梅等を目指して登山工程を組む方は多いのではないでしょうか。今回の目的地は以前も訪れた越生梅林、梅林祭りへ訪れた後は佐藤酒造で新酒を購入して帰る。そんな休日を楽しむための助走としての登山をどうするか?
ということで、15キロくらいまずは歩きたい。
そして登ったことがない大高取山も歩きたいということで、吾野駅にやってきました。

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人によっては写真二枚目の高麗駅から歩いたりするらしい。20㎞くらいの工程も組めちゃうのが奥武蔵のいいところですね。

吾野駅を出発した場合は顔振峠を目指すことになります。
まずは、登山口へ向かうために国道299号線を借宿神社に向かって歩く。
途中にある浅見鉄工さんは薪ストーブの製造と販売を行う老舗、店先には不思議な形をしたストーブや、人の顔みたいな切り株など色々なものが置かれています。

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駅を降りてすぐに面白スポットが登場してしまった……。ここは見ていて面白いぞ。

借宿神社

顔振峠に向かう登山道は借宿神社の近くにあります。
借りる宿……賃貸マンション的な意味で縁起がよさそうな神社。その昔ヤマトタケルが東征の際にここで仮宿したことから、ヤマトタケルを祭る社を建立し借宿としたそうです。

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現代においては旅人が当地で宿を借りる、なんてことはかなり考えにくいのが残念。松浦武四郎の江戸時代や、宮本常一の昭和でもないから当たり前なんだけども。

借宿神社から越生長沢線側へ少し入ると顔振峠と書かれた「関東ふれあいの道」の看板が登場します。
全国各所にあるこうした道を整備する仕事っていいですよね、この道を作った担当者の人々は絶対に面白い話を持っていると思う。

薄暗い関東ふれあいの道

杉の植林地帯を抜ける関東ふれあいの道、薄暗いけど……良い雰囲気が漂う。

山肌に転がる巨岩

山肌を見渡して歩いていくと、杉林の中には大きな露岩が顔をのぞかせています。ごつごつとした岩が顔をのぞかせる斜面、杉と土だけののっぺりとした斜面よりは良いかな。

木のうろに置かれた信楽焼

暫く登山道を歩いていくと生活道っぽさが出てきます。山道を進むと、木のうろの中に信楽焼の狸が置かれていたり……かわいい。

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この森に本物のタヌキはいるのだろうか?さすがにいる……かな?

タヌキの先には古くからこの地に根を下ろしていた人々の墓地が現れます。登山をしていると山間の墓地というのはよく見る景色。
寺の敷地内や行政が用意した霊園に集積された墓地が現代らしい墓。それに対し、先祖代々の土地に墓があるというのは歴史があって良いとも見える。

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さて、墓地のすぐ上にやってくると顔振峠沿道の桜がよく見えます。

山中で出会う怪異

登山道の歩いていくと視界の端に何か異質なものを感じます。すっと目を向けると不思議な木が横たわっていまして、その形には人のようなものを投射して見てしまいます。
先史時代の壁画を描いた人々は壁の凹凸やひびの形に動物の身体の形を見出したという話もあります。これはロールシャッハテストのような、抽象的な形を解釈するために人間は知っている形を投射するという仕組みが関係しているともいわれます。
僕が見つけるこうした形もその側面は大きいと思う。そしてそれは、山は魑魅魍魎の住処だと言っていた昔の人々が暗闇に見たものの一側面に通じるものがあるのではないか、と思ったり。

顔振峠から見下ろす鉄塔

平九郎茶屋を目指して坂道を登っていくと徐々に景色が開けてきます。
鎌倉時代に義経が何度も振り返ったという景色、今は鉄塔がドーンと刺さってる。
というか……義経は義仲と戦うために東海道を西に向かったとされています、丹沢や南アルプスの山々とかを見ているはず。さらに言うと鎌倉参陣の際は東山道(畿内から東北に行く道)を歩いたという説も、那須には義経街道なんてものもありますし、その辺の山を見なかったということは考えにくい。

日本の東から西まで歩いたうえで、地味としか言いようがない関東の低山を何度も見るか??という疑問がわきます。鎌倉への想いが~とかそういう詩的な情景と含めての伝承なんだろうけど。

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冠嶺(かぶりとうげ)が訛った説のほうがしっくりくるなぁ。

桜の顔振峠から藪道を抜けて越上山へ

午前9時35分、平九郎茶屋。
平九郎茶屋のすぐ下には摩利支天が祭られたお堂があります。摩利支天というのは大自然の現象、春の野に立つような陽炎(かげろう)を神格化した仏教の守護神。
陽炎のような物理的に捕まえることができず、傷つくことがないような「現象」から厄除けや、敵から傷つけられることなく勝利をもたらす力があるとされます。
で、このお堂は有志の勤労奉仕により十年ほどの歳月を経て完成、内装には珍しい小切手のモザイク画が奉納されているそうです。

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顔振峠にある平九郎茶屋はこの地で命を落とした渋沢平九郎に由来します。従兄に渋沢栄一を持つ平九郎は飯能戦争で幕府側として戦うのですが敗北、この地で自害してしまうのです。

平九郎茶屋の店先には満開に咲く河津様を見ることができます。道路わきの桜は中腹から始まり、平九郎茶屋を終点として山道を彩っており、ロードサイクルを楽しんでいる方々やバイカーが桜と顔振峠の眺めを楽しんでいました。

展望台へ向かう道中の切り株

平九郎茶屋から越上山方面の諏訪神社まではどうやって歩くか。以前歩いた道を歩くのは新鮮味がない、別の道を歩こうと思い茶屋から展望台に上り、そこから諏訪神社へ向かうとされる道を歩くことにしました。
が、この道……バリエーションというかただの林道作業道のようなもので、藪がひどく花粉と埃まみれになる。

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巨大な切り株があったりして、昔は豊かな森だったのかも?今は細い木しかないけど。

祠に入れられた二本一組の竹

平九郎茶屋から展望台に向かい、そこで気になったのは建立された祠に二本一組の細竹が収められていたことです。
借宿神社から登ってくる最中のいくつかの祠にこのような竹が納められていました。
この風習に関しては詳しいことを知らず、今度訪れた際は茶屋の方に聞いてみようかな。

展望台から先につながる道を歩いていくと森の中へと誘われていきます。やがて道は薄い踏み跡となり、周囲に生い茂った木々の隙間を通り抜けるように歩くことに。ピンクテープはあれど、多分これは林業作業用??
葉の上に黄色とわかるほど堆積した花粉がふわっと舞うたびにくしゃみが出そうになる。

午前10時20分、諏訪神社。
藪を抜けると……なんと登山道に復帰した、ちゃんと登山道につながっていました。
越上山の近くにあるこちらの諏訪神社ですが砲弾の碑があります、物騒に見えますね。
こちらは大正時代の社殿改築の際に海軍から入手されたという砲弾です。百年と少し前、国民すべて一丸となり富国強兵に向かっていた時代、日清・日露戦争の戦勝記念として日本中の様々な神社に砲弾が下附されたそうです。
その後、第二次大戦の貴金属回収令や占領軍の指導により砲弾は姿を消したといわれてます。
ここにある砲弾は回収を免れた貴重なものなのだとか。

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砲弾を祭るなんて物騒と思っていたけど、富国強兵から大戦までの社会の歴史を今に伝える物理的記録としてみると、これは残されたほうがいいものだなぁと思う。しかし、砲弾を神社に下附したっていうのは驚き。
確かに日露戦争の碑は北海道のド田舎にもありましたね……、当時は国全体が勝利を喜び、それを物理的なものに残していたのか。

奥社

諏訪神社から越上山に向かう途中には山奥に建立されたお堂と磐座を見ることができます。

磐座

お堂の目の前にある立派な磐座。岩の上におにぎり型の岩がずっしりとした態度で座っています。

午前10時40分、越上山。
本日の目標は大高取山であって、越上山に上る必要はなかったんですけど……。通り過ぎるわけにもいかないだろう、せっかくだから登れるものは登っておけの精神でやってきました。越上山と書かれた板は地面に転がり、山頂はひっそりと静まり返っています。

越上山の磐座

こんな静かで寂しい場所だったでしょうか。狛犬が置かれた岩をそっと拝み、この先転ぶことがないように唱えて山頂を後にします。

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僕は信心深いので登山中の事故がないようにちゃんとお祈りはします。山の中って怖いもんね。

この先は越生町のうめりんが案内する看板を追いながら大高取山へ向かうことになります。越上山周辺はメインストリートと言わんばかりに道が広く、よく人が通る道でして……足元の雰囲気は滅茶苦茶良いです。

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ただの土ではなく、様々な木々の葉が細かく積もった足元の反発は気持ちがよい。多分陸上の柔らかいトラックとか、ああいうのを凌駕する足裏の気持ちよさ。

奥武蔵グリーンラインへの合流

一度車道に出て一本杉峠方面へ向かいます。この辺標識をちゃんと見ていないと車道で迷う。

午前11時10分、一本杉峠。
車道から一本杉峠へ、鼻曲山を目指して再び杉の森を登る。
一本杉峠に到着すると木柱に吊り下げらえた水筒のようなものが目に入る。
なんだろうと顔を近づけてみると「マッハバロン」と書かれたスーパーロボットの絵柄、日光を浴び続けたのか退色し真っ青になっている。ボロボロになっているその様子を見ても、間違いなく1975年に放映していたマッハバロンのリアルタイムなグッズだとおもう。それがなぜここに?

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山の中ではこうしたわけがわからない出会いがあります。75年に作られたアニメのグッズが、それなりに状態が良い状態でぶら下がっている……。本体は全然劣化していないんですよね、これ山中に落ちていたとはあまり考えにくい、いったい何なんだ。
そして、うめりんを追っていたはずなのにもろ丸くんのエリアに入ったようだ。

巨大な一本杉

一本杉峠の名前の由来となる一本杉ですが、巨大な幹を見上げると数十本を超える枝が四方に腕を伸ばす大変立派な古木です。一本杉は本当に立派なんですが、マッハバロンが気になって仕方がない。

桂木観音から大高取山へ、春を感じる道

縞々の木漏れ日が落ちる登山道

一本杉峠からは鼻曲山を目指しますが、下って登ってとアップダウン。薄暗い杉林の中は人の気配が全くございません。

鼻曲山へ向かう道中では珍しく岩場の道が現れます。黄色いペンキとロープで整備されていますが、どちらも時間の経過を感じさせる状態です。

鼻曲山山頂は標高447m、大高取山よりも高いところにあるのですが眺望は全くございません。
案内板にはうめりんの姿はなくもろ丸くんの姿が描かれています。もろ丸くんは流鏑馬推しのキャラクターで、鎌倉武士のような見た目をしています。(デザインしたのは京都の方らしい)
鉄塔を過ぎれば椎木山という杉林の中の山頂……奥武蔵の森をひたすら歩く。

謎のキノコ

視界の端にキノコのような物体が、春が始まったというくらいの時期にキノコ??
近づいてみると確かにキノコなのですが、サルノコシカケのようにカチカチ。真っ黒で炭化したような素材でできている不思議なキノコ状の物体が木からにょきっと生えていました。

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調べても全く正体がわからない……カチカチなキノコだった。

再び奥武蔵グリーンラインに合流

林道椎木線に降りて反対側の山道へ。

天望峠と名付けられた眺望が全くない峠を桂木観音へ向かって歩きます。道を進むと石造りの社が現れ、狛犬がその両脇に控えています。狼狛犬の造型が結構特徴て……おや?
よく見ると狛犬ではなく、狛狐のようです。
彼らは阿吽と同じ口の形をしていますが、写真では口を閉じた側がよく見えます、足が70年代のロボットアニメみたいにピーンとなってる。

狛狐

口を開けた狐は巻物を咥えています。
巻物を加えているということは稲荷神社の狛狐、色的にも耳の内側が赤く染まってるし……これはオオカミではなさそうです。

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社の中をのぞかなかったので詳細がわからないけど、狛狐を見る限りお稲荷さんのようです。

社を後にするとゆず農家さんの畑へとつながる道に出ます。
農家さんのガレージにはゆずジャム・ゆずポン酢・ゆずあめが販売されていました。
農家さんお手製のこれらを下山後に手に入れることは難しい……、ここで買うしかない!!

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というわけでゆずポン酢を購入しました。柚子胡椒や柚子七味もあればな……。

落果したゆず

畑にはぽろぽろと落ちた柚子。自宅に柑橘の木があれば皮を擦って薬味を作ったり、漬物を作ったりと夢が広がります、庭に実がなる木が欲しいなぁ。

桂木観音手前の駐車場が展望台も兼ねていて、ふもとの町から関東平野の地平線までを見渡すことができます。
大きな建物は毛呂駅にある埼玉医科大学で、山中の開けた場所はゴルフ場ですね。

午後12時50分、桂木観音。
序文でも紹介した奈良時代に行基菩薩によって創建されたと伝わる桂木観音までやってきました。
駐車場は展望台となっており、現代では夜景や初日の出鑑賞スポットとなっているそう。
綺麗に掃除された境内、地蔵堂には千羽鶴が吊り下げられ、独特な雰囲気を携えていました。

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奈良時代、東国に来ていた行基は紫の雲がかかるというこの山に登ります。芳しい香りに満ち溢れた頂上近くであたりが金色に輝き、観世音が行基の前に姿を現したそうです。幼少期から仏門に仕え、念願かなって観世音に会えたという感激から流れ出た涙は都からの長旅でほころびた衣の裾が乾く暇がないほどあふれ出たのだとか。(縁起由来意訳)

行基は景色の中に何を見出したんでしょうね。森の木々や流れる雲が作る線や図形の中に仏を見立てたのか。見立ては先史時代の壁画美術から、人類のイメージの起源の一つであるとされています。壁を走るヒビのラインに牛や馬の背のラインを見出し、そこに線を加えていくことで像が生み出されたり、山中に仏を見出した人々が命宿る「けしき」を求めて風景に投射したものが気になるなぁ。

桂木山山頂

桂木観音からは桂木山を越えて大高取山を目指します。紫の雲がかかっていた山頂はこの辺だったんだろうか。

不思議な磐座がある広場

大高取山へ向かう道中、桜の巨木と磐座のような巨岩が座っている広場があります。ちょっと神妙な空気が漂う広場を過ぎれば大高取山はすぐそこ。

大高取山より越生梅林へ、地酒と街歩き

午後1時15分、大高取山。
今回の登山で最もにぎわっていた山頂が大高取山でした。越生町が指定する十名山の一座となり、山頂は西側が伐採され越生アルプスを見渡しながら休憩ができるようになっています。
本日の目的地をこちらにしていたんですが、越上山や鼻曲山といった標高でいうと大高取山よりも200mくらい高い山々を歩いてきたから……ちょっと感動は薄い。

越生アルプス全図

越生アルプスの山並みを描いた木札を見てみますと、顔振峠から越上山もしっかり描かれています。歩いてきた道を眺めながら休憩するのもいいでしょう。

山頂で語る登山者たち

奥武蔵の山々を眺めながらお昼を楽しむ方々が多く、シュゴーッとお湯を沸かす音や即席麵の香りが山頂を彩っていました。何か食べるなら下山後の梅林かなぁ……ということで早速下山します。

大高取山から越生梅林に向けて下山を開始すると道中神ノ座山というピークを通ることになります。確かに岩があるにはあるけど……ここが?と思うような場所でした。今まで見たそういう名前の場所でも一番地味かも。
標高300mほどの山ということで、すぐに市街地に降り立つことになりますが……山間の集落には歴史を感じさせる廃車が絶対にあるんですよね。

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放置廃車(いわゆる草ヒロ)を探すなら山に近い集落は遭遇率が高いと思う。

越生梅林の満開の梅

集落に降り立り、越生駅を目指して車道を進むと早速梅林が現れます。白梅の香りが時折感じられ、大きく息を吸うと花粉の影響でくしゃみが出るっていう……3月の登山はつらい。

道端の庚申塔

山が近い場所ということで辻には庚申塔・馬頭観音・地蔵菩薩が並んでいる。徒歩が主流だった時代は峠越えの前後にこうした場所で拝むという行為があったのかもしれません、もちろん畑作業をしている地元の人々も拝んだのでしょうけど。

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これは髭海道の石仏群と呼ばれるもので、古い石仏が並びます。左から
馬頭観音(文化8年:1811年)、
馬頭観音(明治37年:1904年)
馬頭観世音(寛延元年:1748年)
庚申塔(天明2年:1782年造立/天保3年:1832再建)
猿田彦大神(明治5年:1872年)
青面金剛像(宝暦3年:1753)
地蔵菩薩(造立年不明)
の計7基の石造物が並んでいます。

午後2時15分、越生梅林。
越生梅林は駐車場が大賑わい、観光客がぞろぞろと梅林に吸い込まれていきます。のどが渇いたから何か飲むか……と思い梅林見学ついでにいろいろ探したのですが、ちょうどいい梅ドリンク「おごせうめ娘」がありました。

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疲れた体に酸っぱくも甘い果汁が染み渡る!!マラソンのエイドにほしいドリンク。

梅林を楽しむ人々

梅林内は観光客の方々でにぎわっています。登山客は全然いないんですよね、大高取山と合わせて歩く人は少数なんだろうか?

足元に咲くフクジュソウ

足元にはオオイヌフグリとホトケノザに交じってフクジュソウが咲いています。
平九郎茶屋の河津桜とこちらの梅林以外は花の要素はないんだけど……最後で取り返す花見登山になりました。

越辺川沿いに駅を目指す

梅林を出発した後は佐藤酒造に立ち寄るのですが、なんと……樽酒が終わっていました。
梅林シーズンは佐藤酒造の樽酒(店の前で樽から柄杓で紙コップになみなみと注がれる日本酒)が一日の終わり待っているのです。本日の登山は樽酒による泥酔帰宅のための助走といってよいものでしたが、残念です。
新酒を鞄に詰め込み、花粉が舞う市街地を越生駅へ向かって歩き抜けます。

前回、樽酒でいい気分になっていた際はバス通りを歩きました。
素面で歩いたためか川沿いの歩道につながる道を見つけ、そちらを歩いていると奇抜な建築資材置き場の裏手にはヤギが住んでいるということを知りました。川沿いに細長い居住地が作られており、数匹のヤギが堀の中で行きかう散歩客を見上げているのです。

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なんで山羊を飼っているんだろう?草地のため?

午後3時15分、越生駅。
樽酒に恵まれることがなかったこともあり、梅林到着から1時間後には駅にたどり着いていました。駅前で何を買うこともなく東武線に乗車し一路浦和へ……。こうして平九郎茶屋の河津桜から始まった越生梅林花見登山は終わりを迎えたのでした。一本杉峠を越えて大高取山へ向かう奥武蔵の道のりは確かに地味でしたが、地産のものとの出会いに恵まれた山道だったことが唯一の救いです。

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というわけで今回の登山で購入したのは写真三枚目の佐藤酒造の新酒「中田屋」と桂木ゆずポン酢です。ゆずポン酢はゆずの風味が非常に強く、スーパーに売ってる800円クラスのポン酢よりも断然風味と味が上だと思う。湯豆腐からサラダまで、しょうゆの代わりにゆずポン酢で生活ができます。

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さて、お酒のコーナーです。
今回の「中田屋」ですが風味が特徴的でした、佐藤酒造の越生梅林はよく飲むのですが全然違う味でびっくり。そのクセは杏仁豆腐的というかナッツというかとても独特。食事で味わうよりも晩酌向きなお酒という印象、クリームコロッケみたいなまろやかで濃厚なおつまみと合わせるとグッと美味しくなるのではないでしょうか?
チーズはバッチリでした、和食的というよりは洋食的に感じるお酒かなぁと僕の舌は受け取った。6Pチーズをひとかじり、そして中田屋をすっと飲むと……合う。

大高取山山頂で語り合う人々

越生梅林と大高取山、自分の体力に合う楽しみ方ができる道を探そう。
吾野駅から歩く大高取山・越生梅林登山は結構地味な道が続きます。
奥武蔵の地味で、内省的な山歩きが好きな方には今回のようなコースは楽しめそう。
スペクタクルな景色がやや少ないため、そういう楽しみ方をしたい方は大高取山単体と梅林を合わせるなどでライトに楽しむのはいかがでしょうか。
そんな感じで、コースに対する自由度が高いのが大高取山・越生梅林のいいところ。

梅林は車で訪れたほうが大変に思えます、登山と合わせて徒歩で訪れるのがお勧めです。
車ではできない楽しみとして、樽酒があります。タイミング次第ですが樽酒を飲んで駅までの散歩を楽しめば、日々の嫌なことやストレスを歩いている一瞬は忘れることができるでしょう。
歩く自信がある人は今回のような吾野駅から顔振峠経由で。もっと歩ける人は高麗駅から日和田山を通って越生梅林と佐藤酒造を目指してみてください。
梅林観光をより面白くする一日の提案でした、人生最高の山は続く。

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