2025年2月23日、栃木県佐野市から足利市にまたがるご当地アルプス「大小アルプス」を歩いてきました。
このコースはJR両毛線富田駅をスタートし大小山や妙義山といった山々を歩くのですが、下山に関してはいろいろな工程を組めるため体力に合わせた登山工程を組めるのが魅力の一つ。
当ブログでは富田駅を出発し大小山鳳仙寺から妙義山を目指し、そのまま稜線を歩き続けて曹洞宗長林寺を目指します。この工程での距離は約10キロ、登山時間は平均約5時間、普段から山を登っているなら少し物足りないくらいかもしれません。
大小アルプスで面白いのは標高が400m以下の山が連続する割に岩場が多いことでしょう。山中のアスレチックを楽しみながら歩きぬけることができ、眺望も非常に良いことから低山シーズンは多くの登山客が訪れるようです。
冬でも夏のようにハイキングを楽しめる低山の中でも全身を使って歩くことが特徴ともいえる大小アルプス。
周囲にある桐生アルプス・足利アルプスとは違った楽しみがある場所でした。
大小アルプス日帰り登山の概要
両毛線富田駅から登山口へ、街を歩く

2025年2月23日午前7時30分、JR小山駅。
おはようございます、Redsguarでございます。
関東の冬も終わりに近づいてきました、春めいた花を見かける2月後半ですが山の上はいまだに冬。ということで低山ハイキングを精一杯楽しもうと、大小アルプスを目指して小山駅にやってきました。
redsugar写真は両毛線のホームです。左右にはみんなで両毛線に乗ろう!!という張り紙。登山ではあんまり……乗る機会がない。


電車に乗っている時間が長くて眠くなっちゃうけど、エナジードリンクを飲むとトイレが近くなっちゃう。そういう時にはやはりコーヒーでしょうか。北関東のからっ風が肌身に刺さる朝、缶コーヒーの温かい熱が喉を通して優しく染み渡ります。


やってきた両毛線に乗り換え、大小アルプスのスタート地点である富田駅まで車窓からの景色を楽しむことに。




25年の2月23日は3連休の中日となり、朝の両毛線に乗る人は疎ら。以前、桐生から鳴神山を目指した時のような学生の姿は無く、窓の外には北関東の静かな街並みと畑が交互に流れていきました。




午前8時20分、富田駅。
大小アルプスのスタートはこちらのJR富田駅となります。



観光マップを見ているとやはり強いのは足利フラワーパーク。






富田駅からは登山口となる鳳仙寺までは街中を歩くことになります。富田の里はのんびりとした景色が広がり、線路わきの社や東陽院のクロマツなど、よく見てみると面白いものが多い。



東陽院のクロマツは市天然記念物に指定されています。幹が「く」に大きく曲がり四方に伸びた樹形が美しいクロマツ。慶長二年(1597年)に時の領主が東陽院を創建した際に記念樹として植えられたと伝わり、樹齢は約450年程となるそうです。


郷土の酒ワカエビスと書かれた古い看板が壁に張り付いています。周囲の電灯は古く錆びついた標識や薄汚れたコンクリートがいい雰囲気を出していますね。ワカエビス……調べてみたけど三重県は伊賀の地酒と出てきます。



この辺にあった地酒の看板ではないのかな?


家々の様子を眺めながら歩いていくと……男体山登拝講の講元の札を発見しました。男体山登拝の講がこの地にはあり、その中心となって世話をする方がここにいた、ということになります。行道山でも登拝した方が収めた木札を発見しましたが、足利周辺ではやっぱり日光男体山なんですね。




大小アルプスの1週前に笠間アルプスを歩いた際にもその街の建物を見るのが楽しかったのですが、富田の町は古い作りの家が多く歩いていて飽きません。


住宅地の中にポツンと立った案内板。ハイキングコースや史跡の上に生活が続いている感じがしていいなぁ。




駅から北へ北へと歩き続けると犬伏街道にある三社神社の前を通ることになります。三社神社自体も足利市の重要文化財となっていて、漆塗りの天井には百枚の百歌仙図、十二枚に十二か月の花鳥図が描かれているそうです。
紙垂が下がる石碑に書かれている文字は消えかかり時の流れを感じさせます。その隣には青面金剛が刻まれた庚申塔が道行く人を見守ります。



足元に見ざる聞かざる言わざるがうっすらと見えるので、庚申塔だよな?といつも判断しています。


登山口へと歩く途中、古い広告が張られた壁の向こうに崩れた古い家屋が……。よくよく見てみると瓦屋根の内側には杉皮とみられる構造もあり、杉皮・竹桟・土の上に瓦という昔ながらの作りのようです。


少し進むと山々の間に「大小」と文字が浮かぶ景色が現れます。あれが本日歩く大小アルプスの「大小山」です。
標高は低く、その山中は見たところ杉の木もなく常緑樹と落葉広葉樹で構成されている模様。つまり花粉的にはつらくない。


午前8時55分、養老碑。
駅を出発して最初のチェックポイントになっているのがこちらの養老碑です。確かにここで休憩する登山客が多かった。こちらの養老碑は宝暦六年(1756年)に人見竹洞(ひとみちくどう)の子孫の方が建てたものと伝わっています。昭和四十三年に建てられた看板の説明を読むと曹孫と書かれているのですが、たぶん曽孫?
人見竹洞は京都生まれですが、足利学校に関係がある小野篁(おののたかむら)の血筋にあるそうです。儒学者一家に生まれた竹洞は江戸幕府から富田の西場町(養老碑がある写真の場所)に200石の領地をもらい受けています。
石碑には子孫が制定した施策八条が刻まれ、当時の世情を知るよい資料とされているのだとか。



七十歳以上の者への米の支給、孝子(親によく仕える子、江戸時代は孝子に対する褒賞があった)への田の支給、不孝者の処罰、堕胎および間引きの禁止が示されているそうです。つまり、間引きがあったんだな当時は。






養老碑から山に向かって進むと登山口にある鳳仙寺へとたどり着きます。出迎えてくれたのは役行者と前鬼後鬼という修験の方々。曰くこの大小山は古くから天狗が住む霊山として知られており、赤い大天狗と青い小天狗を合わせて大小天狗と呼んだのだとか。そのお面は阿夫利神社に祭られているということが案内されます。
ちなみに大小アルプスの西の果て、長林寺にも天狗のお面が奉納されていたりします。



断食道場や座禅体験もできるというこちらのお寺、登山者でちょっとにぎわっていた。


鳳仙寺の目の前には登山者が怪我無くカエル君に花が添えられています。そう……大小山は標高と見かけによらずアスレチックが特徴的な山なので、油断していると怪我をするかもしれません。気を付けよう。
大小アルプス最高峰を目指して


登山を開始すると男坂・女坂と書かれた看板が出てきます。看板の上には……鴨??


午前9時15分、阿夫利神社。
まずやってくるのは阿夫利神社なんですが、この写真で見ると伊勢神宮のポスターが目立っている……。
阿夫利神社は神奈川県の大山阿夫利神社が大本で、大小アルプスにあるのは勧請したものになっています。伊勢神宮のポスターがあるのはどういうつながりなんだろう。



大山がある伊勢原がそもそも「伊勢神宮を勧請した場所だから伊勢原という」話はあるんですけど。まぁなんかつながりがあったのかな。


参道の石段とともに電柱も。大小山仙間神社までは境内だからということか、電灯が用意されているんです。
夜中にここを歩くのは相当怖いと思うんだけどなぁ……?


鳳仙寺から少し山道を登ると大小山仙間神社に到着します。ここからは大小山に登る道がメジャーな道のりなのですが、今回は大岩を経由して稜線沿いに妙義山を目指す道をたどります。



大小の看板がある大小山には登らない工程にはなっちゃうんだけどね。




仙間神社から尾根を目指して登山道を歩き、大岩にたどり着いてみると……大岩というよりも大穴が目立ちます。
大岩は尾根に露岩が饅頭型に出ている感じで、岩というよりも盛り上がった地面。そこには穴が2つ掘られているのだが、繋がってないらしい。



これ中に入ったら出られるのかな?と思ってのぞき込んでいたのですが。越冬する虫とかの気配が……、別の登山者が「つながってないよこの穴」と教えてくれたこともあり、結局中に入ることはせず。


大岩付近から富田地区を見下ろすと、山肌に作られたソーラー発電施設がよく見えます。わざわざ山を削って作る必要があるのかと思わされる景色。木が生えてない斜面は雨が降ると土が流れてしまうので、低い場所にあるとはいえ怖いなぁと思う。


山側を見てみると大小の文字と大体同じ標高を歩いているのがわかります。大小アルプスに来たんですけど、大と小の看板を見るのはここが最後です。大岩から登るコースは尾根を歩き続けるコースで、眺望が良いことが特徴なんだけど……大小山を楽しむことができない。



大小アルプスに来たのに大小の出番が前半で処理されてしまった。


大小アルプスの最高峰は妙義山という名前なのですが、本物の妙義山のアスレチック部分がこちらにも僅かにあるようです。


ロープが連続する岩の斜面が続く妙義山直下。土の足場が少なくて岩の足場が多い大小アルプス。地味な山で、地味なコースだけど三点支持を駆使しないと怖い。


妙義山に近づくと関東平野の地平線が目の前に現れます。本当に山がない。



北関東の山といえばやっぱりこの景色。




午前10時5分、妙義山。
登山口である鳳仙寺から約1時間10分ほどで妙義山山頂に到着しました。大岩経由で山頂に到着したのは僕を含めても数名で、ほとんどの登山客は大小山から登ってきているようです。山頂は北側の眺望がよく、大小アルプスで最も高い場所なので記念撮影する人で賑わいを見せています。
ローソク岩から長林寺を目指す尾根歩き


妙義山から周囲を見渡すと赤城山の眺望が際立つ。


足利方面の街並みを見下ろすと渡良瀬川によって南北にきれいに分かれた足利の町が見下ろせます。
川の南側に農地が広がり、川の北にある山間に町が広がる構造なんですね。


妙義山からは写真のような岩の足場が続く尾根道を歩き続けることになります。ロープや鎖はないものの、足元の安定性は悪い。


小さなピークにも名前がついています。麓の地区は毛野新町いうのですが、その上にあるピークは毛野山。



足利百名山のNo.123毛野山……百以上あるってこと?




尾根の上に現れる特徴的な岩の数々。低山だけどルート上には赤ペンキが塗られ、登山者が道を間違えないようにと丁寧な案内が施される。




あいの山と呼ばれるピークは広々とした眺望が楽しめます。その足元にはサンゴ的な飾り物、看板も積石も飾りも地元の人が用意したものなんでしょう。



サンゴの奥の石板には手書きで堂……だめだ、字が汚くて読めない。






低山ですが岩が中心となる大小アルプスは常時緊張感が漂います。乾燥した地面に転がる小石の影響で下り坂は慎重になってしまいますね。あいの山を過ぎた山肌には祠が置かれ、ワンカップが奉納されていました。



山を歩いていると、なんでこんな場所に祠を作ったんだろう?と思うようなことはよくあります。修験の時代から残るものであれば、そこで何かを見た・得たのかもしれない。現代に近いものであれば、鎮魂のために置かれていることも。遺構の起源を辿ると必然的に山の歴史に触れることにもなって楽しい。
ちなみにこの祠は山神と書かれていて東向きに作られています。阿夫利神社と併せて考えると水分としての山の神かな?


長林寺に向けて進むと波平の頭に残る一本の毛のような枯れ木が……。サザエさんに出てくる波平は双子で、兄弟の海平は頭の毛が2本である、ということを知っているだろうか?



ちなみに波平の年齢は54歳とされています。登場人物の中で年齢に表記ブレがあるのはノリスケで、24歳~26歳とされています。
……あと15年で僕は波平になるというのか、信じられない。


長林寺方面に目を向けると低山にしては立派な山が目に入ります。大坊山という山で、大小アルプスを歩く中では必ず目に入る山です。






午前11時00分、越床山。
妙義山から1時間ほど尾根を西に進むと越床山というピークに到着します。ぶら下がったフライパンは、たたいて動物をよけてねっていうことなのかなぁ……?
ここから少し北に入ったところにローソク岩と呼ばれる名所があるので、大小アルプスを縦走する際はぜひ見てみてください。


越床山からは乾燥し土埃が立つような道を進みます、下ったり登ったり……400mもない低山なんだけど思いのほか疲れる。


土の斜面は粘土が乾燥したような、表面がホロホロと崩れるような質感で、調子に乗って下ると足を滑らせそうです。転げ落ちないようにと、道脇の木々にはトラロープが括り付けられています。


岩と小石と、冬枯れした木々が躍る尾根道をとぼとぼと歩き続ける。季節柄吹き付ける風には花粉が混じっているのか、目がかゆく……。開けた尾根道は花粉が直撃している感じがする。






大小アルプスを構成する数々のピークに足利百名山が割り当てられています。足利百名山で一番標高が高い仙人岳は標高663m。写真はツツジ山を越えた先にある展望台、その道中はゴルフ場を見下ろす眺めがよいくらいで、特に何もない。仙人岳は仙人ヶ岳であり、10年ほど前に私……登ったことあります。
標高のわりにめちゃくちゃコースが長いというか、しんどい登山だった思い出。





写真三枚目の真下に足利鹿島園温泉があります。
長林寺への下山、足利の里を歩く




コロコロと石ころが転がる滑りやすい足元とはどんなものか、写真一枚目みたいな状態。これが平地ならまず問題ないのですが、斜面となるとちょっと嫌だなーと思う場所も出てきます。






午後12時25分、鞍掛山。
大小アルプスは本当に小さなピークにも名前がついていて驚かされます。鞍掛山・あわぎ山とどちらも足利を見下ろす眺望が特徴となる場所です。地元の人々が山頂につけた小さな看板は元気なのですが、道中にある赤城山と書かれた木柱などは派手に壊れていました。


大小アルプスにおいて長林寺まで歩くのは健脚者の扱いらしい。確かに標高のわりに厳しいコースで、長林寺まで歩くのはそれなりに体力が必要だと思う。


長林寺までの道のりは思いのほか荒れている個所もありました。大小アルプス前半とはまた違った雰囲気があります。
露出した岩とカラカラに乾いた足元を覆いつくす枯葉と、歩きにくいんだよなぁ……。






午後1時5分、山川浅間山。
最後のピークになる山川浅間山に到着しました。こちらも足利百名山ということで、地元の有志の手作りと思われる小さなプレートが木に掛けられています。浅間神社の奥社ということで石でできた社があり、その傍らに手作り看板がぶら下がっています。



いや、見落としちゃうねっていうサイズだなこれ






長林寺の道了堂へ。崖の上に建立された真っ赤なお堂の中には天狗のお面が祭られています。写真に写るのは……大小アルプスの大天狗(赤天狗)ですね。


道了堂からは麓にある長林寺が良く見えます。ここから一直線に降りていくことができるんですが……。






登山道のわきにある不思議な広場の先に続く道がありまして、これは何だろうと思って覗いてみると足利百名山第七十番山頂の福徳山に出ました。相変わらず市内はよく見えます……。



大小アルプスを歩く中で、一体いくつの足利百名山があったんだろう……。






福徳山の帰り道、清風翁頌徳之碑という立派な石碑が藪の中に建てられているのを発見します。こちらは長林寺に貢献した地域の方を称える石碑となっており、裏面に説明が書かれているとのことですが、登山をしていたタイミングでは藪に突っ込んでいく気力がなかった……。



記事を書く際に長林寺さんにお電話をさせていただき、内容をお聞きしました。親子2代にわたって地域と寺社に貢献された方々の碑としてここに建っているそうです。江戸時代の村田清風じゃないよ。






午後1時40分、長林寺。
福徳山から引き返して境内の坂道を下り長林寺へやってきました。足利三十三観音霊場の一つ、福聚山長林寺は大変立派なお寺です。とりあえずマニ車を見かけたのでぐるぐる回す。
寺から足利市駅まで歩かなければいけないと思い、出口に差し掛かると大量の庚申塔が現れます。歴史と信仰の厚さを感じさせる寺がゴール地点、外にお寺の人がいれば少しお話を聞いて帰るのが楽しそうです。


大小アルプスを長林寺まで歩いた場合、最寄りの駅は両毛線の足利駅か東武線の足利市駅となります。というわけで、県道67号線を西へ向かって歩くことに……。



関東ではよく見るドラッグストアSEKIの上にも大小アルプスの一角……。コンビニ富士ならぬドラッグストアアルプス。






足利駅までは街を観察しながらのロードウォークです。ちょっと寂れた感じの、みんなが見落とすような景色を拾うことを意識しながら歩くと街は面白い。なんか……両毛線沿いの通奏低音っぽい街並みってある気がする。



PCの画面で3カラムで表示された写真を見ると多連画(ポリプティック)みたいで面白い。日本の道路の幅って規格が決まっていて、対向車線を撮影したい場合はそれに合わせてレンズの距離計をMFで設定しておきます。すると気になった瞬間すぐに写真が撮れる、AF使うとちょっと難しい。
さらに、画面内で車道と歩道の際のラインを大体合わせておくと、ポリプティックにしたときに全然違う場所なのにつながって見えたり、空間が広がって見えたりと写真で組むことで見える現実ではない光景が作れたりします。




少しさびれた町には自然と人のせめぎあいが見られることがあります。
写真家の吉江淳さんの出口の町・地方都市などの作品にみられるような、人口増加による都市化のピークの後には自然がひっそりと盛り返してくる、手入れされてない人工を住処とする自然という独特な景色が町のいろいろなところにあるのよね。




午後2時25分、麺屋つるる。
長林寺から40分ほど歩いて……ラーメン屋に来ました。以前足利に降り立った時はごはん屋さんが休憩中となる魔の時間帯でしたが、今回はまだお昼時。つるるさんはどのレビューを見ても評価が高いため、足利アルプスを歩いた際も狙っていたお店です。



もちもちの麺が特徴的なつるるさんのラーメン。味が濃いラーメンが好きな私の口にもばっちりと合うスープ。食べ応えのあるチャーシュー……。うまい、うますぎる!百万石っ!!
……食べ終わった後に味玉とご飯を追加するんだったと後悔しました。本当においしいラーメンだったので、足利アルプスや大小アルプス下山後に狙ってみるのはお勧めです。






ラーメンを楽しんだ後は渡良瀬川を渡って対岸へ……。冬場で水位の下がった渡良瀬川を眺めながらひたすら歩きます。東武足利市駅に到着するころにはくたくたに疲れていました。結構大変だな?大小アルプス。



大小アルプスは標高は低いがアップダウンの多さ、道の険しさといい充実感がある登山だった……。電車に乗ったら食事の影響もありすぐに寝てしまったようで、記憶がない。











コメント